北川「相沢ーっ、打てよーっ!」
北川の声がベンチから聞こえる。
祐一「・・・・・・こんなの打てっこないぞ・・・・」
名雪「祐一ーっ。頑張れーっ」
名雪の声援も聞こえる。
やっぱり、こんなことはやめた方が良かった・・・・・・。
祐一は深く後悔した。そう、全ては北川の一言から始まったのだ・・・・・・
現在より1ヶ月前。冬も終わり春が来て、その春も終わる頃だった。
北川が突然こんな事を言い出したのである。
北川「相沢、野球やらないか?」
祐一「・・・・・は?」
北川「野球は良いぞ、うん」
祐一「・・・北川、お前何言ってんだ?」
北川「いや、だから野球しないかって」
祐一「なんで俺が今から急に遊びで野球しなきゃいけないんだ?」
北川「いや相沢、立派な部活だ。遊びなんかじゃないぞ」
祐一「何だって?部活?」
今、確かに北川は「部活」と言った。野球の部活は野球部しかない。ということは・・・・・・
祐一「お前、俺に野球部に入れっつーのか?」
北川「さあ、一緒に甲子園を目指そう!」
祐一「待てっ!お前まさか、野球部に入ってたのか?」
北川「言わなかったか?1回ぐらい聞いたこと有るだろ」
祐一「初耳だ」
香里「私も初耳ね」
名雪「ごめん、わたしも初耳・・・」
いつのまにか傍に居た名雪と香里まで同じ事を言っている。
北川はすごく悲しそうな顔をした。
祐一「それで?なんで急に俺に野球やれって言うんだよ」
北川「実は、深い事情があってな・・・・・」
香里「そう言えば、野球部って人数足りなくて去年は大会に出れなかったわね」
祐一「・・・・・・そう言うことか」
北川「頼む。お前さえ入れば、人数が9人揃うんだ。な?」
俺の前で両手を合わせて北川が頼んでいる。どうやら本気のようだ。
祐一「・・・でもなぁ。俺より運動得意そうな奴なんて他にも居るだろ?」
北川「いや、お前にはセンスがある。それに、運動だって結構得意だろ?」
言われて見ると、確かに祐一はクラスの中でかなり運動が出来る方だった。
北川「な?頼む!お前だけが頼りなんだ!」
名雪「・・・・祐一。出てあげて」
北川の熱意(?)に名雪も同情して加勢してきた。なにより、北川がここまで頼んでいるのに無下に断ることは出来なかった。
祐一「・・・・わかったわかった。俺でよけりゃ入るよ」
北川「そうかっ!恩に着るぜ相沢!」
祐一「そう言えば、大会まであとどれくらいなんだ?」
北川「1ヶ月だ」
祐一「俺、やっぱやめた」
名雪「わ。急にやめないでよ〜」
祐一「1ヶ月で何が出来るんだよ・・・・・」
北川「相沢、参加することに意義があるって言うだろ」
お前、さっき「甲子園目指そう」って言ってたじゃないか・・・・。
名雪「祐一。ふぁいとっ、だよ」
名雪は、いつもの台詞&ポーズで励ましてくれた。
祐一は苦笑するしかなかった。
そんなこんなで、祐一は半ば強制的に(半分本人の意志だが)野球部に入部することになった。
そして、あっという間に1ヶ月が過ぎ、大会が始まってしまった。
祐一達のチームの下馬評はかなり酷いものだった。
しかし、北川が祐一のセンスを見抜いたかどうかは定かではないが、祐一はたった1ヶ月で、4番ファーストを任されてしまった。
しかも、その辺の名門校の4番と比べても遜色が無かったほどだった。
誰もが1回戦負けするかと思ったが、予想もしなかった祐一の活躍により、準々決勝まで駒を進めてしまった。
しかし、準々決勝の相手は、地元の名門校、しかも相手ピッチャーの球は150キロを出すと言うことで専ら優勝候補であった。
話によると、どうやら春の選抜にも出場して、ベスト4まで行ったらしい。
で、今に至るわけである。
「ストライーークッ!」
審判の大きな声が響き渡る。
祐一「打てるわけ無いだろ・・・・・」
何しろ、相手投手の手からボールが離れたと思った次の瞬間、もう目の前に迫ってきてるのである。
9回裏の攻撃である。得点は0−1で負けていた。1点差とはいえ、祐一たちは150キロの球を打てず、ノーヒットを記録していた。
そして、四球のランナーを置いて、二死一塁の場面で祐一である。
北川「相沢ーっ!球を良く見ろよーっ!」
北川の激。
祐一「・・・・見てたら当たらないぞ」
既に2ストライク。遊び球は無く、3球勝負なのは分かっていた。
祐一(こうなったら、なりふり構わず振ってやる。振り逃げ(注1)になればラッキーだ)
相手投手の腕からボールが弾き出される。
同時にバットを振り始めた。
キィンッ!
快音を発することが無かったバットから、気持ちの良い音が飛び出した。条件反射のように走り出す。
一塁を回ったところで、フェンスの向こう側でボールが跳ねているのと投手が膝をついているのが見えた。
祐一「・・・ホームラン?」
沸き上がる歓声。ベンチから飛び出すチームメイト。泣き崩れる相手投手。
9回二死の土壇場からの大逆転。祐一達は準決勝に進出した。
準決勝も勢いに乗って相手を破り、とうとう決勝戦に進んでしまったのである。
祐一「ただいまー」
名雪「祐一、おかえり。ご苦労様」
祐一「おう」
名雪「明日は決勝戦だね」
祐一「そうだな」
名雪「祐一、緊張とかしてない?」
祐一「全然」
名雪「わ、すごい。どうして?」
祐一「だいたい、決勝へ来るまでの道のりが奇跡の連続だったからな。緊張なんかするほど実力があるわけじゃないし」
名雪「ううん。奇跡なんかじゃないよ。祐一達の実力だよ」
祐一「だって、準々決勝のあのホームランだって、たまたま真芯にぶつかっただけだし」
名雪「運も実力のうちだよ」
祐一「まあ、そりゃそうだけど・・・」
名雪「祐一」
祐一「うん?」
名雪「明日、勝ってね」
祐一「無理だ」
名雪「わ。あきらめるの早いよ〜」
祐一「無理なものは無理だ」
名雪「じゃあ負けたらその日の祐一の晩御飯はぜんっぶパセリ」
祐一「なんでそうなるんだよ・・・・」
名雪「その代わり、勝ったらわたしがおかあさんと一緒にごちそう作ってあげる」
名雪「だから、絶対勝ってね」
祐一「・・・・・分かったよ」
祐一はぶっきらぼうに言った。
名雪「約束」
祐一「ああ、約束する」
名雪「うん。絶対だよ。・・・・じゃあおやすみ、祐一」
祐一「ああ、おやすみ」
名雪が寝た後、祐一はまだ心臓がどきどき言っていた。
「絶対勝ってね」
その言葉を聞いたときからどきどきしていた。
その理由は分からないままだったが、祐一は「絶対勝つ」と強く決意していた・・・・
後編へ続く。
注1「振り逃げ」……3ストライクを取られたときに、キャッチャーがボールをこぼしていたりした場合、1塁に走ることができる。その場合打者には三振が記録される。なお、これは1塁が埋まっているときは適用されない(2アウト時を除く)
前編の後書き:ども、炭物です。まーた変なもの書いてしまいましたね(笑)これ書いてる時期が高校野球シーズンだったんで突発的に「Kanonで野球をやろう!」などと思いついてしまいました。北川が野球部という、絶対あり得ないだろうという設定についてはご容赦を(^^;)。っつーか、祐一も野球をやるってのがすごく不自然です(笑)。基本的に本編でバットエンド(?)後の話になっています。