「祐一さん、新しくジャムを作ったので食べてください」
秋子さんが新型の謎ジャムを抱えながら近寄ってくる。
「激しく遠慮しておきますっ!!」
逃げる俺。
しかし、逃げ込んだ先は袋小路であった。
「大人しく私の実験材料になってくれますね?祐一さん」
既に秋子さんの右手にはスプーンいっぱいに盛られたジャムが。
「当店自慢の秘密のタレに茄子と鷹の爪、そして富士山頂の水を混ぜましたから、きっと気に入ってくれると思いますよ」
「益々食べたくなくなったんですが」
何故わざわざ富士山頂の水を・・・
それよりも『当店自慢』ってなんだ!?
「では・・・・・・実力行使ですね」
秋子さんの目が怪しく光る。
途端に金縛りに合う俺。
「さぁ祐一さん、召・し・上・が・れ♪」
「助けてくれーーーーーーーーーっ!!」
『朝〜、朝だよ〜、朝ごはん食べて学校行くよ〜』
「・・・・・・・・」
相変わらず眠気を誘う従兄弟の目覚ましの音で、俺は目覚めた。
「・・・・なんだ、夢か」
起き抜けで思考力が低下しているため、10秒ぐらいかかってようやく気づく。
「しっかし、なんで目覚ましが鳴るんだ?今日は休みだろ・・・」
改めて布団にもぐる俺。
そう、今日は1月1日。まだ冬休みのはず・・・・・・・
「1月1日?」
そうか、今日は元旦じゃないか。だから目覚ましセットしたんだっけ。
俺は再び起きると、手早く着替えて階段を降りた。
台所に行くと、秋子さんが朝ごはんの支度をしていた。
さっき見た夢のせいもあって、少し後ずさりしてしまう。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、秋子さんはいつもと変わらぬ笑顔だ。
「あ、祐一さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいしますね」
「あ、いえ、こちらこそ」
話しながら、先ほどの初夢の内容が思い起こされてくる。
(・・・・・見事に一富士・ニ鷹・三茄子だったな・・・)
果たして、あれはおめでたい夢だったのだろうか?
「そういえば祐一さん、初夢は見ました?」
ぎっくぅ!!
「えっと・・・見たんですけどどんな夢だったか思い出せなくて・・・・」
「そう・・・・それじゃ、私と同じね」
「秋子さんも、思い出せないんですか?」
秋子さんは、いつもの左手を頬にやるポーズをしながら、
「そうですね・・・あ」
何か思い出したらしい。
「確か、祐一さんが出てきましたよ」
「俺が?」
「えぇ・・・・あぁ、確か、私が近づくと祐一さんが逃げてしまう・・・・、そんな、不思議な夢でしたね」
・・・・・シンクロですか?
ともかく初夢の話題は危険なので話題転換を図ってみる。
「そういえば、名雪は?」
「ふふ、そこで寝てますよ」
「くー」
見ると、テーブルの自分の席で寝ている名雪がいた。
「新年早々からこの調子か・・・おや?」
よく見るといつものパジャマ姿ではない。普段着に着替えてある。
一度起きたのだろうか。
すると、名雪がうーん、と伸びをして目を開けた。
「・・・・あれ?祐一?」
「よぅ、名雪。あけましておめでとう」
「・・・あけまひておめへほうごじゃいまふぅ〜」
「あくびしながら言われてもちっともおめでたくないぞ。ところで名雪、お前、一度起きたのか?」
「くー」
「寝るな」
今年一番のチョップを食らわしてやる。
「うー・・・痛いよ、祐一」
「さっさと質問に答えないからだ」
「えっと・・・・・・あ、そうだ」
どうやら思い出したらしい。
「わたし、今年こそは寝坊しないようにしようと思ったんだよ」
「ほぅ・・・・・・・それで」
「で、みんなより早く起きたんだけど・・・」
「台所まで来たところで、寝てしまったわけだな」
なんというか、名雪らしいといえば名雪らしい。
「せっかくみんなより早く起きてびっくりさせようと思ったのに・・・」
「いや、名雪にしては良くやったと思うぞ」
その心意気だけでも立派というものだ。
「『名雪にしては』は余計だよ〜・・・。あ、お母さん、あけましておめでとう」
「はい、おめでとう。さ、みんな揃ったことだし、朝ごはんにしましょうか」
さすがというかやっぱりというか、水瀬家の新年の食卓は凄かった。
お雑煮もおせちも秋子さんの手作りで、しかもその味といったら・・・・いや、これは口だけでは表現しきれないな。
要するに、それほどうまかったってことだ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたっ♪」
「はい、おそまつさま」
「うーん、おせちまで手作りとは、さすが秋子さん」
これだけでも年末に大掃除した甲斐があるというものだ。
「ふふ、さすがにお雑煮のおもちは親戚からもらいましたけど」
言って、ぺろっと舌を出す秋子さん。
この年代――――といっても、秋子さんの年は知らないが――――――でこの仕草をしても許されるのは、秋子さんぐらいのものかもしれない。
「わたしもお母さんのおせち、大好きだよ〜」
「ありがとう、二人とも。さぁ、後片付けしたら初詣に行きましょうか」
この街の外れのほうにある神社は地元ではそれなりに有名らしく、俺たちが来た時には大勢の人で賑わっていた。
そういえばこの神社、昨日の『去る年来る年』で中継されていたな。
とりあえず、人が多いので並ぶことにする。
「はっつもうで、はっつもうで〜」
名雪はさっきからあの調子で初詣の歌(作詞・作曲・歌:水瀬名雪)を歌っている。
「名雪、いい年こいてあんまりはしゃぐな。恥ずかしいだろ」
ぶっちゃけ恥ずかしいレベルを超えている。
「えー・・・でも祐一、初詣だよ?」
「それがどうした。手を叩いて念仏唱えるだけだろ」
「・・・手は叩かないし、念仏も唱えないよ」
「冗談だ。というか、なんでそんなにはしゃげるのかが分からん」
前に住んでた所では、むしろ面倒くさいとさえ思っていた。
しばらく考え込んだ後で、名雪は、
「きっと、初詣だからだよ」
と言った。
「なんじゃそら。説明になってないぞ、名雪」
「うん、うまく説明できないけど・・・初詣だからなんだよ〜」
そう言って、今年一番―――――といっても、新年早々だが――――の笑顔を見せる。
俺はなおも突っ込もうとしたが、その名雪のとびっきりの笑顔を見て、
(まぁ・・・・・いっか)
と思った。
ようやく俺たちの順番になった。
各々が100円玉を投げ入れ、そして3人で一緒に鐘を鳴らす。
がらん、がらぁん、がらん・・・・
鐘の音が続く中、俺たちは手を合わせ、静かに祈った。
「名雪は、何をお願いしたんだ?」
「祐一、そういうのはあんまり人に言うものじゃないと思うよ」
「新年早々からケチだな、名雪は」
「ケチとかそういう問題じゃないよ〜・・・、そういう祐一は?」
「お前、さっき人に言うものじゃないって言ったじゃないか」
「祐一が言い出したから祐一が先だよ〜」
うぬぅ、名雪如きにハメられてしまった。
と、口に出すと新年早々名雪に怒られてしまうので心の中で思うだけにする。
しかし。
「言わなきゃダメか?」
「ダメ」
「どうしても?」
「うん」
俺は困った。
例えば、俺が願ったことが『今年1年風邪を引かずにすごす』のようなありきたりなものであれば遠慮なく言えるのだが、困ったことに俺の願ったことはそうではない。
これを口に出すのは、背中に『液キャベ一丁!!』と書かれた紙を貼って、猛ダッシュで「シューマッハ!!」と絶叫しながら町内を走ることより恥ずかしい気がする。
「・・・・仕方ない」
しばらく思案した後、俺は腹をくくった。
「名雪、耳貸せ。耳」
「ん?なに?」
名雪が耳を近づけた。
小さいが、しかしはっきりとした声で俺は言った。
「これからもずっと、お前と一緒にいられるように・・・・・・・・そう、お願いしたんだよ」
言いながら、顔が赤くなってるのが自分でもわかる。
それは名雪も同じで、聞いた途端に耳たぶまで真っ赤にしている。
分かり易いやつだ。
なんだかこの雰囲気が恥ずかしいので、俺はわざとぶっきらぼうに言った。
「ほ、ほら、言ったぞ。お前は何をお願いしたんだ?」
名雪はしばらくじっと黙っていたが、やがて、
「・・・・・・・私も、祐一と同じだよ」
「・・・・・・え?」
そう言うと、名雪は俺の腕を引っ張り顔を近づけ、再び口を開いた。
「私も・・・・祐一とずっと一緒にいたいって・・・・お願いしたの」
かくして、話題転換を図った俺の目論見は見事に崩れ去り、結果として俺たちはさらに真っ赤になることとなった。
「あらあら、二人ともとっても楽しそうね。ちょっと妬けちゃうかしら」
『あ、秋子さん!!』『お、お母さん!!』
秋子さんのからかいに、ハモって返してしまう俺と名雪。
言うなれば『墓穴を掘った上に、その穴に頭から飛び込む』というような行為をしたと同然であった。
「そ、そういえば、秋子さんは何をお願いしたんですか?」
とにかく、こんな恥ずかしい思いはごめんなので秋子さんに訊いてみる。
「・・・私は、ごく当たり前のこと・・・・・そう、これからも名雪、祐一さん、そして私の3人で、幸せに暮らせますように・・・と、お願いしただけですよ」
言って、ふふっと笑う秋子さん。
そうだな、と俺は思った。
俺と、名雪と、秋子さん。
この3人がいれば、いつだって、どこだって幸せなのだ。
「・・・・・さぁ、破魔矢も買ったし、帰りましょうか」
初詣から帰ってきたあと、俺は自分の部屋で考えていた。
新年の抱負を考えていなかったのだ。
名雪は既に考えており(例の『今年こそは寝坊をしない』というやつだ)祐一も考えないとダメだよ〜、と言われてしまった。
だからといって無理に考える必要はないのだが、名雪が考えたのだから俺も考えないとマズイかも、と思ったのだ。
散々考えた挙句、『家の手伝いを積極的に行う』であった。
いまどき、小学生しか思いつきそうも無い抱負であるが、この家にお世話になってからあまり手伝いをしてない気がする。
よし、これに決めた。
時計を見ると、秋子さんがそろそろ夕飯の支度をする頃だ。
思い立ったが吉日、とばかりに俺は台所へと向かった。
俺の狙い通り、秋子さんは夕飯の準備をしていた。
「秋子さん、俺に何か手伝えることはありませんか?」
「あら、どうしたんですか祐一さん、急に」
「いえ、なんだか無性に手伝いがしたくなってきまして」
なんだかよく分からない言い方だが、秋子さんは笑って、
「じゃあ、手伝ってもらおうかしら」
よし!!男・相沢祐一、命にかけてもこの任務を全うするであります!!
訳の分からない軍隊言葉で俺はやる気を高める。
そこへ。
「実は、つい最近つくった新作のジャムがありまして・・・」
・・・・・・はい?
「せっかく祐一さんが手伝ってくれることですし、味見してもらおうかしら、ね?」
あ、あの、秋子さん?
「味見、していただけませんか?」
自分で言い出してしまった手前、ノーとは言えない。
まさか、本当に命をかける羽目になってしまうとは・・・・・・・。
いや、さすがに命に支障はないだろう。
秋子さんが持ってきたのは、青く輝く不思議な色をしたジャムだった。
ブルーベリージャムに似ているが、中身は恐らく180度も違うだろう。
「さあ、どうぞ」
俺は恐る恐るスプーンでジャムをすくい、そして口に入れる。
途端。
「・・・・・・・・・っ!?」
視界が暗転する。
急激に薄れ良く意識。
その意識の中で、俺は思った。
(あれ、正夢だったんだ・・・・・・・・・・・・・)
はっぴーなにゅーいやー END
あとがき:
・・・・・・1年ぶり、か。
何がって?まともなSS書くのがですよ(笑)
久しぶりに書きましたが、自分ではなかなかによい出来だと思っております。
炭物水化の1年ぶりの自信作です!!
・・・・つーわけで、ぜひぜひ感想をいただけたらなぁ、と(爆)
頂いたメールは家宝にしますので、ぜひ!!(ぉ)