夏の夜長にKanon式肝試し
作:炭物水化(むにむに帝国・帝王)
HP:http://www16.freeweb.ne.jp/play/tanbutu/index.htm
名雪「祐一、もうすぐ肝試しだねっ」
学校の廊下で突然、名雪がそんなことを言って来た。もうすぐ夏休みである。
俺達3年生は、そろそろ受験勉強に忙しくなる頃だ。
祐一「肝試し?」
なんのことかサッパリ分からないので、オウム返しに訊く。
名雪「・・・あ、そっか。祐一は知らないんだっけ」
祐一「だから、何の話だ?」
名雪「あのね、この学校では毎年、夏になると学校全体を使って肝試しをやるんだよっ」
・・・・・・聞かなきゃ良かった。
第一、この歳になってまで肝試しをしたいとは思わない。
・・・昔は、名雪と一緒に、良く近くの神社まで肝試しに行ったりしたが。
祐一「・・・・・・俺、パス」
名雪「わ、ダメだよさぼっちゃ。全員参加なんだから」
祐一「・・・・・・マジか?」
恐らく、ここは日本で唯一肝試しを義務化している学校であろう。
名雪「うん。あ、ちゃんとクラス毎に肝試しをやる時間帯が分かれてるから、大勢が学校にいるって事は無いよ」
祐一「・・・・・・そう言う問題ではないんだが」
名雪「あと、脅かす役になるのもありなんだよ。先生達は全員、脅かす役らしいけどね」
祐一「・・・じゃ、俺歩くの嫌だから脅かす役になる」
名雪「わ、ダメっ。祐一はわたしと一緒に参加するの」
祐一「・・・・・どうして」
名雪「だって私、一人だと怖いもん」
祐一「他の奴と行けば良いんじゃないのか?」
名雪「他の人はもうペアが決まってるもん」
祐一「そうか・・・・・・って待て。参加者はペアじゃないとダメなのか?」
名雪「うん、そうだよ」
・・・・・・この肝試しに、どういう狙いがあるんだろう。
ともあれ、俺は名雪と一緒に肝試しに参加することになった。
・・・どうにも恥ずかしくて仕方が無いんだが。
<<校内肝試し大会・当日>>
いよいよ当日になった。
祐一「・・・・しかし、たかが肝試しかと思っていたけど、結構本格的なんだな」
まさか、準備に2週間もかけるとは思わなかった。
名雪「えっと・・・・・・香里が言ってたけど、沢山の人を脅かした人には、商品が出るって話らしいよ」
祐一「・・・だから、あんなに北川が熱心に裁縫をやってたのか」
文字通り、授業中に内職をしていた北川の姿が思い起こされる。
名雪「・・・あと、これは噂なんだけど、一番脅かした先生は、給料が上がるっていう話だよ」
祐一「・・・・・・どうりで、職員全員の目が血走っていたのは気のせいじゃなかったんだな」
名雪「え、そうだった?全然気がつかなかったよ」
祐一「・・・気づかなかったのはお前だけだと思うぞ、名雪」
名雪「あ、祐一ひどい」
祐一「事実を的確かつ正確かつ寸分の狂いも無く述べただけだ」
名雪「・・・同じ意味の言葉を3回も使わなくてもいいのに」
祐一「まぁ、冗談だ。で、俺達の番はまだなのか?」
名雪「えっと・・・もうすぐだよ。あと10分ぐらいかな」
祐一「そっか・・・・。あ、そう言えば香里はどうした?」
名雪「わたし達より先に行ったから、もうすぐ出てくると思うけど・・・」
祐一「・・・・・で、香里は誰とペアなんだ?」
名雪「えっと・・・・確か、斎藤君だよ」
この肝試しのルールとして、基本的に男女ペアが原則らしい。
一番最初に肝試しを企画した人間は、何を意図して企画したのだろうか。
・・・と、学校の中庭の方から、香里と斎藤が歩いてくるのが見えた。
祐一「・・・なんだか、斎藤の奴、顔色悪くないか?」
名雪「あ、本当。・・・・・香里は大丈夫だね、やっぱり」
祐一「やっぱりって、香里は肝試し得意なのか?」
肝試しに、得意不得意があるかどうかは分からないが。
と、香里が俺達に気づいた。
香里「あら、相沢君に名雪じゃない。二人とも、まだ入ってなかったの?」
名雪「うん。もうすぐなんだけど・・・」
祐一「香里は、肝試し得意なのか?」
香里「得意って言うか・・・・ま、怖くは無かったわね。」
祐一「・・・・・・で、斎藤は?」
斎藤「・・・・・・・・・・・・・・・ぇ?」
どうやらかなり参ってるらしい。
しかし、この歳でこれだけ怖がれるのは新鮮な気もする。
祐一「あ、そう言えば、北川も脅かす役になってるんだよな?いたんだろ?どうだった?」
しかし、俺の問いに香里は首を振って見せた。
香里「いいえ。北川君はどこにもいなかったわよ」
祐一「え?じゃあ、あいつは何処にいるんだ?」
香里「さぁ。ひょっとしたら、ホントにお化けが出てきて、気絶してたりして」
冗談半分に香里が言う。
祐一「ははは。まさかぁ」
名雪「そうだね。でも・・・」
祐一・香里「でも?」
名雪「・・・・本当にお化けが出たら、どうしよう」
名雪の一言に、大げさにずっこける俺と香里。
祐一「あのなぁ、名雪・・・」
香里「大丈夫よ、名雪。あなたは幽霊やお化けに気づくほど、敏感じゃないから」
名雪「・・・香里、それって、誉めてるのかけなしてるのか分からないよ・・・」
香里「大丈夫。両方の意味が入ってるから」
名雪「うー・・・」
祐一「まぁまぁ。ほら、名雪。行くぞ」
言いながら、スタート地点へ歩き出す。
名雪「あっ・・・待ってよ、祐一〜」
コツ、コツ、コツ・・・・・・。
真夜中の学校の中、俺と名雪の二人の足音だけが響く。
ルールとしては、学校の中の決められた地点にあるチェックポイントを通り、ゴールすれば良いらしい。
・・・・・・ますます、この学校の方針がわからなくなってきた。
祐一「しっかし、なんだかんだ言って、結構雰囲気出てるんだな・・・」
真っ暗な廊下を、小さな懐中電灯のみで歩くのは、やっぱり多少は気が引けた。
名雪「・・・そう、だよね。去年も怖かったけど、今年も怖いよ・・・」
祐一「しかし、名雪がそんなに怖がりだとは知らなかったな」
名雪「うー・・・だって、怖いんだもん」
祐一「はいはい」
・・・・さて、もうすぐ第1チェックポイントだが・・・。
祐一「そういえば名雪、脅かす役も、同じクラスの人間しか居ないのか?」
名雪「あ、それは違うよ。脅かす人は、学年やクラスに関係なく、学校内に留まっているんだよ」
祐一「ふーん・・・」
と、言いながら歩いていると・・・・。
『・・・・・・・・いちま〜い・・・』
名雪「・・・・っ!?」
極端に驚き、全身を硬直させる名雪。
・・・・・凄く、分かりやすい反応だと思う。
さらに声は続いていくが、何かがおかしい。
『アイスクリームが2ま〜い・・・・・・』
祐一「・・・・・・・・・・・」
謎は全て解けた。
俺は、大体の見当をつけ、懐中電灯を向けた。
『きゃっ!!』
祐一「・・・・・栞、何やってるんだ?」
栞「・・・・・あ、祐一さん・・・に、名雪さん」
ちなみに、名雪はまだ硬直しきっている。
祐一「おい、名雪。ほら、栞だ」
名雪「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」
凄く長い沈黙の後、ようやく我を取り戻す。
名雪「・・・・・びっくりした。栞ちゃんだったんだね」
栞「はい。友達に誘われたんですけど、夏風邪を引いちゃって・・・で、私一人なんです」
祐一「・・・・それは分かったが、栞。なんで『アイスクリームが一枚』なんだ?」
そもそも、アイスクリームは『1枚』という単位だったのだろうか。
栞「番町皿屋敷だったんですけど・・・。そのままだと怖がってくれないと思って・・・」
まぁ、アイスクリームなんて、栞らしいと言えば栞らしいが。
栞「でも、名雪さんがこんなに驚いてくれるなんて・・・。私、ひょっとして驚かす才能があるかもしれませんね」
被験者が名雪だったら、誰でも才能があると思うが・・・。
祐一「・・・・さて、そろそろ次にチェックポイントに行くか」
祐一「・・・・さて、次が最後のチェックポイントだな」
名雪「う、うん・・・・・・」
祐一「・・・大丈夫か?名雪」
名雪「・・・・だめかも」
祐一「頑張れ。あともう少しだ」
名雪「うん。ふぁいとっ、だよ」
と、そこでふと、あることに気づいた。
祐一「そういえば・・・北川の姿を見ないな」
名雪「あ・・・・・・そういえばそうだね」
祐一「うーん・・・何処に居るんだ?」
もうすぐ最後のチェックポイントだと言うのに、一向に姿をあらわさない。
不思議に思いながら廊下の角を曲がろうとした時・・・。
どんっ!!
祐一「うわっ!!」
声「きゃっ!!」
突然、誰かとぶつかった。
名雪「わ。祐一、大丈夫」
祐一「あ、あぁ・・・」
俺とぶつかったのは、同じ学年の生徒だった。
女の子「あ・・・す、すみません!!暗くて、道が良く分からなかったもので・・・」
祐一「いや、気にしないでくれ。俺も考え事をしていたからな」
名雪「えっと・・・あなたは?」
女の子「え?私ですか?貴方たちと同じ、生徒ですよ」
祐一「いや、それは分かる。俺たちが聞いてるのは、名前だ」
女の子「え?あ、あははっ、ごめんなさい。私は、新道佳恵と言います。佳恵で良いですよ」
祐一「そっか。俺は相沢祐一」
名雪「私は、水瀬名雪。名雪で良いよ」
佳恵「相沢さんに、名雪さん、ですね」
祐一「えっと・・・佳恵は、一人?」
佳恵「あはは・・・。実は私、ここに転校してきたばっかりで、急にこんなものに参加させられて・・・。ペアも決まらなかったんで、一人で来たんですけど・・・」
祐一「それは分かる。俺だって、なかなかここの地理を覚えるのは大変だったぞ」
名雪「うん。私も入学して半年は、分からなかったよ・・・」
佳恵「ですよねっ!!・・・・・で、迷っていたら、そこの廊下で人が倒れていたもので・・・」
祐一「人?」
名雪「・・・・・祐一。もしかして・・・」
祐一「・・・・・ああ。案内してくれるか?」
佳恵「あ、はいっ」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
祐一「・・・・・・やっぱりか」
名雪「・・・・・・だね」
そこには、気絶しているのだろう、北川がいた。
着ぐるみの中から、半分だけ顔を出しているところが、なんとも哀愁を誘うポージングだ。
祐一「・・・・しょうがない。運んでやるか」
名雪「そうだね・・・このままだと、風邪引いちゃうかもしれないしね・・・」
佳恵「あ、私も手伝いますっ」
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
そして、俺と名雪と佳恵の3人は、北川を引きずったまま、お化けの役に脅かされる羽目になった。
俺としては早く出たいのだが、何せ、北川が重いし、名雪と佳恵はお化けが出るたびに揃って全身を硬直させてしまうというダブルパンチが効いた。
そんなこんなだったから、ゴール目前になったときは、思わず感動の涙を流さずに入られなかった。
佳恵「ようやく、出口ですね〜」
名雪「驚きっぱなしで、疲れたよ・・・」
祐一「俺としては、そこまで驚けるお前たちは、ある意味尊敬できるんだが」
佳恵「相沢さん・・・ひょっとして、けなしてます?」
名雪「佳恵ちゃん・・・ひょっとしなくても、けなしてるお〜」
祐一「ははは、軽い冗談だ。気にするな」
佳恵「もう・・・・!!・・・・・・・でも、今日はホントに楽しかったですね」
祐一「ん、そうだな。意外と肝試しも楽しいもんだな」
名雪「私も、怖かったけど、面白かったよ」
佳恵「はい・・・」
佳恵が、一瞬だけ、寂しそうに笑った。
佳恵「・・・・最後の思い出に、皆さんと出会えて、本当に良かったです。これで、思い残す事もありません・・・」
祐一・名雪「・・えっ?」
と、俺たちが振り向いた時・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・」
振り向いた先には、誰も居なかった。
祐一「・・・・・・・・・・・・・」
名雪「・・・・・・・・・・・・・」
祐一「・・・・・・・・・・・・・」
名雪「・・・・・・・・ゆ、祐一?」
祐一「お、落ち着け名雪、な?」
そう言ってる俺自身が落ち着いてないのは、明らかだった。
ゴールした後、俺たちは一目散に香里の元へと向かった(無論、北川も背負ってだが)
帰りが余りにも遅かった俺たちに、香里はあきれていた。
香里「・・・まぁ、誰のせいで遅くなったかは、容易に想像できるけどね」
名雪「・・・うー」
祐一「それはそうと香里、訊きたい事があるんだが」
香里「何?藪から某に」
祐一「俺たちと同じ学年で、『新道 佳恵』って名前の生徒、いるか?」
香里「・・・・新道、佳恵?」
祐一「ああ」
香里「うーん・・・・・・」
少し考え込む香里。
そして。
香里「この学年に、そんな名前の人は居ないはずよ。ウチの学年『し』で始まる名前の人がいない、珍しい学年だもの」
祐一「・・・・・・・・」
名雪「・・・・・・・・」
香里「・・・・・・・?」
名雪「・・・・・・・ゆ、祐一〜」
祐一「・・・・・は、はは・・・・」
後日談:
その後、復活した北川によると、幽霊を見たということだった。
最初は、火の玉がいくつか現れ始め、その後、急に女生徒の姿が現れたそうだ。
また、『新道 佳恵』という生徒についても情報があった。
なんでも、まだ学校が旧校舎だった時に、肝試し大会があったらしく、その新道と言う生徒は、その肝試しを凄く楽しみにしていたそうだ。
だが、運悪く前日に交通事故に会い、亡くなったのだそうだ。
その交通事故に遭った日が、俺達の肝試しの日と合致していたそうだ。
・・・・・どうやら、今年の夏は、暑がらずにすみそうだ。
佳恵「ふふっ♪それでは皆さん、また何処かで遭いましょうねっ♪」
夏の夜長にKanon式肝試し・完
あとがき:
ども、炭物水化です。
今回は、肝試しSSということでしたが・・・。
えぇ、オチとかがかなりべたべたですね(笑)
おそらく、大半の読者は、後半で既にオチが読めたかと思います。
今回のテーマは「恥ずかしいぐらいにベタベタで行こう」だったんで(嘘)
でも、今回はそれなりに楽しく書けました。
これからも、どんどん書いていこうと思ってます。
では。
2001・7・26 炭物水化