舞編 1月30日〜エピローグ

 

ガラスが割れる音が遠くで聞こえた。

一度聞こえると、それは断続的に続けて廊下に響いた。

騒ぎ出す生徒と、絶え間無く続く破壊音。

俺は音のする階へと急いだ。

階段を駆け下りると、そこにはすでに人だかりが出来ていた。

野次馬は困惑と嘲笑の目で、騒ぎの原因を見ている。

人波の壁をくぐろうとするも、なかなか通してはくれない。

祐一「通してくれっ・・・・」

祐一「このっ、どけってんだよっ!」

引っ掴みあいになりながらも、その中を抜けきると、闇雲に旗を振るう舞の姿があった。

・・・って、旗?

舞「はぁぅっ・・・・!」

ただ四方八方に踊りつづける。

祐一「・・・・・・手旗信号?

舞「・・・ハチミツくまさん」

他所でやれ、他所で。


祐一「悪い。もうちょっと早く来ようと思ったんだけどな」

舞「・・・・・・・」

構わない、というふうに舞が頭を振った。

祐一「残るは何体だっけ」

舞「・・・3羽

祐一「3羽・・・多いな」

・・・って待て!3『羽』ってなんだ!?あいつらってウサギとか鳥とかといっしょ!?


舞「古いものだけど・・・・」

祐一(お、やっと俺にも真剣が・・・)

舞が、刃を下に向け、ペーパーナイフを差し出していた。

祐一「・・・・・待て」

舞「・・・・・・?」

恐らく、舞が今の剣を使う前に使っていたものだろう。

祐一「・・・って、んなわけあるかぁっ!」

舞「・・・冗談。こっち」

そういって、本物の剣を出す。

祐一(ホントにペーパーナイフだったらどうしようかと思った・・・・)

俺はそれを手にする。

*『ゆういちはふるいつるぎをそうびした!』

祐一「・・・なんだこれ」

*『ふるいつるぎはのろわれていた!』

祐一「なんでやっ!」


しかし・・・不思議だよな、こいつらは。

本当に人に寄ってくるんだろうか。

それは第三者ではなく、もしかしたら、俺という個人ではないのか・・・・?

これまでの状況だって別の人に置き換えても、その可能性は同じだけあると考えられるはずだった。

だが、なぜか俺は俺自身が狙われていると言う錯覚を覚えた。

錯覚であることを祈るだけだ。こんな奴らに、恨まれて生きていられるはずが無い。

祐一「大体、何者なんだ、お前達は・・・?」

ゆらりと揺れたような正面の景色に向けて、呟く。

いつのまにか舞が後ろに居て、呟く。

舞「・・・・3マナ5/5トランプルのクリーチャー。クリーチャー・タイプはホラー

・・・・・・何いいいぃぃぃーーーーっ!?

祐一「って、それってマジック・ザ・ギャザリングじゃねえかっ!」

舞「・・・略すとMTG」

祐一「略さんで良いって!」

(分かる人だけで良いです、このネタ)


・・・・・・。

・・・・・。

・・・・・・・。

舞「祐一」

祐一「ん・・・・?」

舞「・・・・・・・」

祐一「どうした」

舞「・・・・・・・」

舞「・・・なんでもない」

祐一「そっか・・・・・・」

舞「うん・・・・・」

祐一「・・・・・・」

・・・・・。

・・・・。

舞「・・・りんご」

祐一「・・・・ん?」

舞「・・・・りんご」

祐一「りんご、食いたいのか?あるわけないだろ、そんなもん」

舞「・・・違う。りんご」

祐一「りんご・・・・・?」

ご・・・・・。

しりとりか・・・・。

祐一「おまえ、どうせ、すぐに自爆するんだからさ、暇つぶしにもならないぜ」

舞「・・・自爆しないから」

祐一「本当か?」

舞「・・・りんご」

祐一「じゃ、ごりら」

舞「・・・Rampant Growth(不屈の自然)

祐一「・・・またMTGネタか?作者も好きだな・・・」

しかも英語だし・・・。

祐一「す・・・Stream of Life(命の小川)

舞「・・・Flying Carpet(空飛ぶ絨毯)

祐一「・・・Topple(ぐらつき)

(以下MTGネタ続く。つーか、あんまり続けていると面白くも何ともないですね)


祐一「・・・舞!」

しゃがみ込んだままだった舞の上体を抱きかかえる。

祐一「まったく無茶しやがって・・・大丈夫なのか?」

舞「・・・・・」

舞「・・・・失敗した」

祐一「え・・・・・・?」

祐一「・・・・・・ッ!?」

天地の判断がつかない。

入れ替わり立ち代わりしているのだから。

ドグッ!と壁にたたきつけられたところで、俺の体は跳ねるのをやめた。

人間の体がこうも容易く宙を飛ぶものだと初めて知った。

それも二人ぶんの体重が、だ。

祐一「舞・・・・・」

咄嗟に固く抱いていた舞の容態を確認する。

舞「・・・・・」

俺のほうに目を向けて、黙ったまま頷く。大丈夫、という意思表示だった。

祐一「どうする、一時退却か・・・・・・?」

祐一「だったら、背負って旧校舎まで走りぬけてやるぞ」

舞「これ・・・・・」

だがそんな俺に舞は酷にも、剣を握らせたのだ。

祐一「どうしろって言うんだよ・・・」

俺の剣は、踊り場に残してきた。その代わりなのだろう。

舞「パラパラやって

祐一「アホかぁっ!」


ガギッ!

胸の辺りが異様に反り返り、メキッと嫌な音をたてた。

意識が飛ぶ。口から胃液が、吐く意志もなく零れる。

それで残されていた左肩にも力が入らなくなった。

受け身を取るすべもなく、俺は地面を転がった。

地面で体を捻り、もう起き上がることの出来ない俺は克明に見ようとした。

・・・眼前に迫る絶望を。

だがその目に映ったのは、白く舞い降りるもの。

空高くにあった。

祐一「・・・・・・・!?」

舞「ざ・・・・・・」

月明かりを受けて、それは翻り・・・・

舞「・・・・・・せぃっ!」

ザシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーッッ!

舞「・・・・・・・」

そして人の姿となって地に降り立っていた。

後にはいつもの風景だけが、向かい合う俺と舞が居るだけだった。

祐一「・・・・・・・」

舞「・・・・・・・」

祐一「よぅ、舞」

俺は不格好に腰を地面に押し付けた位置から言った。

舞「ジュテーム

祐一「舞・・・それ違う・・・」

急激に意識が遠のいた気がした。


祐一「もう一体、残っていたんだ・・・」

それを知る。

俺の計算違いじゃない。

舞は俺に嘘をついていたのだ。

でなければ、あいつはここで俺の帰りを待っていて、そしてふたりで仲良く牛丼弁当を食べ、帰路についているはずだった。

はずだったのに・・・・・

祐一「舞っ・・・!」

牛丼を床に投げ捨てると、教室を飛び出していた。

廊下を走り、あらゆる教室を回った。

わからない。

どうして、舞が俺を残していったのか。

もう俺を必要としない理由でもあるのだろうか。

いや、でも・・・・

今だってあいつは俺のことを好きでいてくれてるはずだ。

自信を持ってそれだけは言える。

だから何か理由があるのだ。

俺がそばにいてはいけない理由が。

そうに違いない。

再び駆け出そうと足を踏み出した時・・・

ずんっ・・・・!

俺のこめかみを銃弾のようなものが突き抜けて行った。

不意に流れ弾を食らった時とは、こんなにも腹立たしいものなのか。

痛い以前に、驚いてしまう。

膝に床をついた。それも結構痛かった。

・・・・・・。

風が吹いている。

窓を割ったせいだろうか。

りんと音がした。

一瞬、細長い廊下があぜ道に見え、俺は自分の気が確かでなくなりはじめているということに気づく。

目の前には子供がいるのだ。

幼い女の子だ。

手負いだ。

肩から血を流している。背中までぱっくりいっているのかもしれない。

過去にまで彼女の刃は届いたのだろうか。

祐一「あ・・・・・・」

俺は彼女を知っている・・・・・

その女の子は確かに見覚えがある。

でも、どうして彼女は傷ついているのだろうか。

そんな陰惨な過去など知らない。

彼女がそんな深手を負っていたことなんて無かった。

なかったはずだ。

少女は、長い時を隔て、今俺の目の前に現れ、そして何を伝えようとしているのだろう。

俺が探しているひとと、何か関係があるのだろうか。

待て・・・意識が混濁してきた。

誰かが俺になにかを訴えている。

それがわかる。

だがその手段はあまりにも強引だ。

俺の手には負えない。

つまり、その受け取るすべが俺のほうに無いのだ。

それは俺を傷つける。人を傷つける。

糸電話を俺の耳の両穴に通すようなことはやめてくれ。

そんなものは通らないのだ!

祐一「・・・って、通るわけねぇだろっ!」

思わず両穴に糸電話を通した俺の姿を想像してしまったじゃないか・・・。


・・・・・・・。

俺はひとつの教室の前に立ち、そのドアを迷いも無く開け放つ。

・・・・・・。

笑い声がした。

小さな女の子の。

そう。10年前のあの麦畑に少女はいたのだ。

少女「あ・・・・・・・・」

と少女は声を上げた。

声をあげたかったのはこっちのほうだ。

だって、その麦畑の中には何も見えなかったからだ。

そこから『あ・・・』なんて声が聞こえてきたら、びっくりするのはこっちに決まってる。

少女「あのさ・・・・・」

少女は麦の中から立ちあがると、こっちに向いて声をかけた。

少女「・・・遊びに来たの、ここに?」

恐る恐る、と言った感じで少女は訊いた。

祐一「いや、違うよ。迷ったんだ」

祐一「このあたりは、まだよく知らないんだ」

祐一「でも、こんな麦畑があったなんて驚いたよ」

少女「・・・・・・・」

少女「・・・飛んで火に入る夏の虫

祐一「えぇっ!?」

少女「・・・何処から来たの?」

祐一「(どきどき)さぁ・・・向こうの方かな」

良く分からない方向を指してみた。

祐一「合ってるかどうか、わからないや」

少女「じゃあさ・・・・・・」

祐一「うん?」

少女「遊ぼうよ」

祐一「どうして?」

少女「・・・・・生贄(Sacrifice)

祐一「・・・え?」

少女「う、ううん、遊んでいるうちに思い出すよ、きっと・・・・」

祐一(生贄って何!?)

その日以来、ぼくは彼女とよく遊ぶようになった。

夕日の街中を歩いていると、いつしかその場所に辿り着いていたのだ。

麦畑は、広大な遊び場だった。

しゃがめば姿を隠せたし、走れば麦の海を泳いでいるような心地よさがえられた。

少女はよく笑い、良く走った。

祐一「ほかに友達はいないの?」

麦を倒して、寝転がっていたときに訊いた。

少女「うん・・・あたしは普通じゃないから」

最初はその意味がわからなかった。

どう見ても彼女は普通だったし、普通の人以上に人懐っこく、こんなところに一人でいる理由がさっぱり理解できなかった。

しかし後にその理由は、彼女の口から語られることになる。

少女「あたしには不思議ながあるの」

それは周囲から奇異の目で見られた。

ただぼくだけは彼女を見る目が違った。

実際、その癖を目の当たりにしてもだ。

ただ、へぇ、と思っただけだった。

その癖とは、ぼーっとしているうちにいつのまにか地雷を作ってしまうというものだった。

祐一(なんで!?超能力じゃないの!?)


麦の背が高くなってくると、少女の姿が埋もれて見えないことがあった。

少女は背が低かったからだ。

追いかけっこにしても、隠れん坊にしても、それは不公平だったので、ぼくは彼女にハンディをつけた。

祐一「おいで」

少女「・・・・・?」

祐一「ほらっ」

ちょこちょこと近づいてきた少女の頭に、ばさっ、とメイド服を着せた。

少女「・・・祐一君、何か違うよ」

祐一「・・・ぼくもそう思う」

第一、ハンディになってないし・・・・。


結局その少女と遊べたのは夏休みの間の、2週間ばかりのことだった。

休みの間だけ、避暑地に来ていただけで、休みが終われば、こんな場所までひとりでは遠出できなくなる。

最後の日も、彼女はぼくがあげたメイド服をつけたままだった。

・・・気にいってんじゃん。

祐一「さようなら」

ぼくは言った。

少女「さようなら」

彼女は無表情で言った。

結局その女の子とはそれっきりだった。

ただ、ひとつ覚えているのは会わなくなった翌日の夕方、電話があったことだった。

宿泊先の電話番号を教えた覚えも無かったのに、それは確かに彼女だった。

背の低い彼女が背伸びをしながら電話に貼りついている格好が目に浮かんだ。

少女「ねぇ、助けて欲しいのっ」

祐一「どうしたのさ」

少女「・・・魔物が来るのっ」

祐一「魔物?」

少女「いつもの遊び場に・・・」

少女「だから守らなくちゃっ・・・ふたりで守ろうよっ」

少女「あたしたちの遊び場所で、もう遊べなくなっちゃうよ」

祐一「昨日は言えなかったけど、今から実家に帰るんだ」

祐一「だから、またいつか遊ぼうよ」

少女「ウソじゃないよっ・・・ほんとだよっ」

祐一「魔物なんてどこにもいないよ」

少女「ほんとうにくるんだよっ・・・・あたしひとりじゃ守れないよっ・・・」

少女「一緒に守ってよっ・・・ふたりの遊び場所だよっ・・・・・・」

少女「待ってるからっ・・・・ひとりで戦ってるからっ・・・・・」

それが本当の最後だった。

その後、彼女がどうしたかは知らない。

ただ、もし、その嘘が現実となることを願う少女がいて、

そのときより始まったひとりきりの戦いがあるというのなら、

そこには初めから魔物なんて存在せず、

ただひとつの嘘のために10年分の笑顔を代償に失い、

そして自分の力を、忌まわしき力を拒絶することを求めた少女が立ち尽くすだけなのかもしれない。

一瞬の、ほんの数日の出会いから。


祐一「・・・・・・」

舞「・・・・・・」

祐一「・・・・・・」

舞「・・・・・・」

そして、今、出会った時と同じようにして、舞はそこにいた。

舞「・・・・・・・・」

祐一「やめろ・・・舞っ・・・」

舞「・・・・・・」

聞こえているはずだ。俺の姿が見えているはずだ。

この校舎で出会った時と同じ・・・彼女の眼は俺を見ていない。

だが、今なら彼女の見ているものが分かる。

俺の後ろで怯える、傷ついた少女。

それは彼女自身があの日に放った、力の一つだ。

その、とぎれとぎれの息の音も今の俺には聞こえる。

力は今でも舞の肉体とつながっているから、この弱々しい呼吸はそのまま舞の心の鼓動となるはずだ。

彼女の最後に残した生命は、自らの心の臓に違いなかったから。

舞「・・・・・・」

舞の手の中で柄が回り、剣が握りなおされる。

そして、体重を傾け、踏みこんだ。

自分の力と決別するために。

祐一「舞っ!」

駆け出すその寸前で俺がその体を抱きとめていた。

もう何度も、こうして受け止めてきた体だ。

堅固な鎧を着て、柔らな内面をひた隠しにしている。

舞「・・・祐一、邪魔」

祐一「舞・・・・・」

祐一「魔物なんてどこにもいない。最初からどこにもいなかったんだ」

舞「・・・・」

舞「・・・じゃあ、クリーチャー

祐一「一緒だろっ!」


祐一「おまえが生み出していたんだ。お前の力なんだよ」

舞「・・・・・・・」

祐一「終わりだ、舞」

舞「・・・・・・・」

祐一「終わったんだよ、おまえの戦いは」

舞「・・・・・・」

舞は何も答えない。でも、俺は続けた。

祐一「おまえは、あのときの遊び場所・・・」

祐一「ずっとこの場所を守ってきたんだな」

舞「・・・・・・・」

祐一「10年という長い時だ・・・・・」

祐一「ずっとひとりで戦ってきたんだな・・・」

10年・・・なんて膨大な時間だろう。

ただひとつの嘘のために、その笑顔を失い、10年間のしがらみに縛り付けられることになったのだ。

舞「・・・・・・」

舞「・・・祐一の言っていることは良く分からない」

あのとき、舞は願った。

魔物が本当に現れてくれたら、と。

そうすれば俺があの場所に居続けてくれると信じて。

祐一「終わったんだよ、お前の戦いは」

俺はそう繰り返した。

舞「・・・・・・」

祐一「今日からはあの頃の舞に戻るんだよ」

俺は寄り道をしてきていた。

名雪から受け取って、机の中に押し込んでいたそれは、偶然にもあの日の舞を飾っていたものだったから。

祐一「・・・ほら」

そしてすぐに舞の正面まで歩いていき、あの日と同じようにメイド服を着せてやった。

祐一「良く似合う」

・・・って、まるっきり変態じゃねぇか俺!


舞「・・・祐一」

祐一「ん?」

舞「ありがとう・・・」

祐一「ああ」

舞「本当にありがとう」

舞がにわかに微笑んで繰り返した。

そして・・・・・。

舞「祐一のことは好きだから・・・・・・」

舞「いつまでもずっと好きだから・・・・」

舞「春の日も・・・・」

舞「夏の日も・・・・」

舞「秋の日も・・・・」

舞「冬の日も・・・・」

舞「ずっと私の思い出が・・・・」

舞「佐祐理や・・・祐一と共にありますように」

祐一「舞?」

剣を自分自身に向け構えると、それを腹部に突き刺していた。

祐一「・・・・・・!!」

舞の体が崩れ落ちる。重力に引き寄せられるままに。

俺は飛びつき、それを抱きかかえた。

祐一「舞っ・・・舞っ・・・!」

刃は腹部に深々と立ち入っていた。

血の流れが早い。すぐ床をも濡らした。

祐一「おまえ、どうしてこんなことするんだよ・・・・」

祐一「ずっと、一緒にいくんだろっ!?」

祐一「春も夏も秋も冬も・・・ずっと一緒に暮らしていくんだろっ!?」

祐一「そう今、約束したんじゃないか・・・」

祐一「俺だっておまえのことが好きだったのに・・・大好きだったのに・・・」

祐一「いつだって、おまえは・・・自分中心で・・・」

祐一「なんだって、勝手に終わらせやがって・・・」

祐一「そんなのって卑怯じゃないかっ・・・」

祐一「舞・・・!」

祐一「舞っ・・・!」

祐一「舞っ・・・・!!」

舞の体重が両腕にかかっている。それが全てだ。

どんな力も舞自身からは湧いてこない。

もう湧いてこないのだ。


・・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・。

・・・・・祐一。

呼ぶ声がした。

それはあの日の声だ。

凛と耳に良く響く。

そうか、隠れん坊だ。

隠れん坊の途中だったな・・・・・・・。

…祐一。

掻き分けられた麦の向こうに舞の顔が覗いている。

ずっと前から見つかっていたのか・・・・。

じっと、俺のことを見つめていた。

…祐一。

・・・祐一はまいのことが好き?

ぶしつけだな・・・・・。

それは今の舞か、それともキミか・・・?

・・・今の舞。未来のあたし。

好きさ。じゃなければ、俺はいまこうしてキミと・・・思い出の中でキミと出会いはしないだろ・・・

まいもね、好きだよ、祐一のことが。

それはキミがかい。それとも今の舞がかい・・・

・・・両方。ずっと祐一を必要としていたんだよ。

どうして。たったちょっとの間だったのに。

・・・それが力だよ。

力・・・・・?

・・・・そう、舞の純粋な力。じぶんには『このひとだ』って信じられる力。

俺がか・・・・・

・・・そう、だから祐一は、あの日にも現われたんだよ。

・・・訪れてもいなかった、この場所に。

・・・祐一を呼んだのは、まぎれもなく、舞のその力だから。

・・・だから、やり直すことはできる。

・・・だからよろしく。未来のまいを。

・・・・・。

・・・・また会えれば、そのときも同じことを思うから。

・・・やっぱりこの人だ、って。

・・・・・。

・・・いい?

ああ・・・・・

・・・じゃあ・・・・

・・・始まりには挨拶を。

誰に・・・・

・・・そして約束を。


そしてあたしはいた。

豊饒の秋、その季節の実りの中に。

(もうすぐ、来るよ)

そう『力』が言っていた。

「くるね」

あたしは答えた。

ずっと鼓動が止まなかった。

それは長い間、待っていたから。

自分と、自分の力たちを、全部受け入れてくれるひとの訪れ。

それをそわそわと、待ちわびていた。

(さぁ、迎えるよ)

「うん」

あたしたちは迎える。

・・・邂逅の時を。

「よぅ」

と俺は少女に声をかけた。

「はじめまして、かな」

「ううん、ずっと待っていたから・・・」

少女は胸の高鳴りを抑えるようにして言った。

「じゃ、取り戻しに行こうか」

「・・・・・」

「・・・今度はどこにも行かない?」

「ああ、いかない」

「俺たちはすでに出会っていて、そして、約束をしたんだからな」

「ずっと、舞のそばに居るよ」

「・・・うん」


祐一「はぁっ・・・・はぁっ・・・・・!」

俺は走っている。

待ち合わせの約束をしていたのに、思い切り遅れてしまったからだ。

祐一「もう終わっているかな・・・」

顔面に貼り付いて来る花びらを鬱陶しく払いのけながら、校舎脇の歩道を駆け抜けていく。

祐一「はぁっ・・・・もうすぐ・・・!」

角を曲がるとそこは校門前。

案の定、というか、ものすごい人だかりである。

祐一「うわ・・・ここから探すのかよっ・・・」

佐祐理「あ、祐一さん!」

すぐ背後で声。

振りかえると佐祐理さんがいつもの笑顔で立っていた。

祐一「はぁ・・・間に合ったか」

俺は安堵の息を漏らすと共に、呼吸を整える。

佐祐理「大丈夫ですか?」

佐祐理「そんなに急いで来なくても、いつまでだって待っていましたよ」

祐一「はは、まさか本日の主役を待たせるわけにはいかないよ」

佐祐理「佐祐理が主役ですか?」

祐一「おう」

佐祐理「あははーっ、なんだか恥ずかしいです」

祐一「じゃ、行こうか、お姫様」

佐祐理「はい」

佐祐理さんの手を取って、先導しようとすると、

どごおおおぉぉんっ!

何者かに地雷をセットされていた。

しかも踏んだ。

この地雷は・・・

佐祐理「あははーっ、残念」

・・・この場合、どっちが残念なのか分からないです。

佐祐理「本当のお姫様の登場ですね。これで私は脇役です」

祐一「よぉっ、舞」

振りかえるとそこに立つのは舞。

舞「私だけ置いていこうとした」

祐一「おっ、妬いてんのか、おまえ」

舞「そういうわけじゃ・・・・」

舞「ただ、これからやることがなくなる・・・予定、これだけだったし・・・」

舞「それに・・・私も・・・動物園行きたい・・・」

祐一「そうかそうか。そういうことにしてやろう」

佐祐理「祐一さんが舞を置いていくわけ無いよ」

佐祐理「佐祐理だって舞の祐一さんは取らないし」

ぶんっ!

舞のツッコミが飛ぶ。

笑顔で佐祐理さんがかわす。

二人で漫画のようなことをやっていた。

祐一「おまえなあ、そんな反応したら、脈ありなのがバレバレだぞ」

どごぉっ!

頭に激痛が走る。

しまった・・・俺はよけられないんだった。

佐祐理「早く告白したら良いのに」

ぶんっ!

佐祐理さんはかわす。

祐一「そういうことに疎いからなぁ、こいつは」

どごぉんっ!

佐祐理さんにかわされた分だけ少し威力がさっきよりアップしていた。

っていうか、こいつ女子プロレス入ったほうがいいわ。

俺は、顔を真っ赤にして佐祐理さんとじゃれあう舞の姿を微笑ましく眺めていた。

さて・・・・・

祐一「いくか」

俺は来た道を振り返る。

もし夢の終わりに、勇気を持って現実へと踏み出す者がいるとしたら、

それは、傷つくことも知らない無垢な少女の旅立ちだ。

辛いことを知って、涙を流して、楽しい事を知って、心から笑って、

初めて見る日常の中を生きていく。

そして俺はその少女と共に旅路をいくらしい。

まったく、佐祐理さんともども、とんだ巻き添えを食らってしまったものである。

そんな物知らずなヒロインが・・・

祐一「おいっ」

舞「・・・・・・・?」

こいつだ。

・・・・・・

とりあえず、卒業式にメイド服着て来た事には敢えて触れないでおこう、と思った。

裏Kanon 舞編 END


後日談:

祐一「・・・ふと気づいたんだが、良く卒業できたよな」

舞「・・・大丈夫」

舞「・・・担任に『卒業させないと地雷を大量に学校に仕掛ける』って連絡しておいたから

祐一「そりゃ脅迫だろっ!」

佐祐理「佐祐理もやりたかったなぁ」

祐一「マジ!?」

おわり


あとがき:

炭物「はい、炭物です。裏Kanon舞編、いかがでしたでしょうか。今回は凄く長いシナリオになってしまい、申し訳ありませんでした」

舞「・・・何か違う」

炭物「おお、舞ちゃん。今回は壊れ役やってくれて、どうもありがとー」

舞「・・・こんな物語は許さない。MTGなんて知らないし・・・」

しゃきーん!

炭物「おわっ!なんで二刀流なのっ!?」

舞「・・・ぽんぽこタヌキさん」

炭物「どっちなんだ!?」

舞「成敗・・・」

ザシュウウウウウウウーーーーッ!

炭物「がぁっ!・・・ま、また・・・殺される役かよ・・・。あ・・・裏Kanon舞編の感想を、是非掲示板かメールでお願いします・・・げはっ!(吐血)」

END