「うーん・・・・・・」
どうしてこうなったのかと自問自答しながら、相沢祐一は部屋を見渡した。
いや、部屋を見渡したというよりかは、とある一点を見ないように目を背けたと言ったほうが正しいか。
「やっぱ・・・マズったかなぁ・・・」
最終的には俯くという形で落ち着いた祐一に、ひどく艶を帯びたような声がかけられた。
「ゆーいちも・・・ぬごーよ・・・」
その声の出所こそ、祐一が見てみぬフリをしていた場所。
つまりは、この部屋には祐一と、もう一人がいるということだ。
その声に、ますます祐一は頭を抱えてしまう。
そして、声の主である水瀬名雪は、祐一の目の前でベッドに腰掛けている。
―――――ただ問題なのは、その格好が下着一枚しか付けていないところであるのだが。


『きけん:なゆきにワインをあたえないこと』

作:深海ねこ


話は数時間ほど遡る。
「かんぱーいっ!!」
『かんぱーいっ!!』
北川の音頭で、祐一たちは一斉に持っていたコップを天井へ突き上げた。
そして、中身を一気に喉へと流し込む。
「んーっ・・・やっぱり合格したあとの一杯は美味いぜ」
「そうね。・・・特に北川君は、余計に美味しく感じるかもしれないわね」
「そりゃないぜ、美坂」
そう言う北川も笑っている。
さて、この事態が一体何事かというと。
祐一達の大学合格祝いパーティだったりするのである。
お互い進む道は違えど、それぞれ大学に合格する事が出来たのは幸いだった。
勿論、祐一と名雪も同じ大学に入学する事が決まっている。
で、その中で合格の決まったのが一番遅かったのが北川だったので、香里の一言も妙な説得力がある。
「でも、正直言って相沢君と名雪が揃ってW大に受かるとは思わなかったわ」
W大は水瀬家から近く、一人暮らしをしなくても済むので祐一達は受けたのだが、
祐一達にとって少々ハードルが高いのも事実であった。
「実は俺も名雪も裏口入学なんだ」
「ち、違うよ〜。実力だよ、実力」
祐一の冗談を真に受ける名雪。
「分かってる」
香里は、そんな名雪の様子に笑いながらも、温かい言葉をかけた。
「名雪がどれだけ頑張ったかなんて、目の下のクマを見れば一目瞭然よ」
香里の言葉どおり、名雪の目元には一晩や二晩で作ったようなものではないであろうクマが出来ていた。
「うん。わたし、頑張ったよ」
「10時間寝ていたのを、3時間減らしただけだけどな」
即座に祐一のツッコミが入る。
7時間睡眠。
世間一般に存在する高校生なら、これだけ寝れば充分に英気を養うことが出来るであろう。
だが、その常識が全く通用しないのが名雪である。
名雪にとって、睡眠時間が3時間削られるということは、一般人の想像を遥かに上回る苦痛を強いていたのだ。
「でも、ま、結局はその3時間が明暗を分けたわけね」
香里の言うとおり。
この3時間を削った事こそ、大学合格を勝ち取った原因なのだ。
「・・・そうだなぁ。ホント、良くやったと思うぜ、名雪は」
と、功労者である名雪に祐一が顔を向けると、そこには。

「・・・お〜?お部屋がぐるぐるするお〜・・・・・・」
顔を真っ赤にしながら、猛烈な勢いで頭をぐるんぐるん回している不思議少女がいた。
「・・・って、何やってんだ!!」
慌てて祐一が、名雪の両肩を掴んで行為を辞めさせる。
「あれ・・・ゆーいちーがふたり?ゆーいちはふたごさんだったんだねー」
「俺は双子じゃないぞ・・・・・・ん?」
祐一は、名雪の右手に握られているグラス・・・というか、中にある液体に目をやった。
とても綺麗な色をしているそれを、じっと見つめる。
「・・・まさか」
名雪からグラスを奪い取ると、顔に近づけて匂いを嗅ぐ。
甘みの有る匂いの中にひとつ、独特の匂いが紛れ込んでいた。
「・・・名雪のやつ、いつの間に酒なんか飲んだんだ?」
そう、名雪のこの有様の原因は、酒。
「はーい、俺でーす」
手を上げたのは北川。
その横にはさっきまでは無かったはずのワインが置かれていた。
「いやー、水瀬がワインでここまで酔うなんて知らなかゲフゥッ!!
言い終わらないうちに香里に右ストレートを食らう北川。
「・・・北川君、未成年にお酒飲ませちゃダメでしょ。特に名雪には。殴るわよ?」
「・・・み、美坂さん・・・既に殴ってまゴフェッ!!
あ、トドメが入った。
「しかし、なんだな。酒に弱そうだとは思ったが、名雪がまさかこんなに酒に弱いとは思わなかったな」
実際、ワイン一杯でここまで酔える人間を、祐一は初めて見た。
ひとしきり北川の始末を終えた香里が、肩をすくめた。
「お酒に弱いのは人一倍なのよ。昔なんか、甘酒で酔ってたわ」
「そりゃまた致命的だな・・・」
甘酒で酔うぐらいなら、ひょっとしたら養○酒でも酔うんじゃないか?
我がイトコながら、恐ろしいなぁ・・・
「さて、と・・・。じゃ、相沢君は名雪をお願いね」
「え?」
お願いね、って。
「何を?」
「決まってるじゃない。名雪がそんな状態じゃ、パーティも中止にせざるを得ないでしょう?」
まぁ、確かに。
名雪は既にすやすやと可愛らしい寝息を立てている。
「私は北川君をどうにかしてくるから、相沢君は名雪を介抱して」
「・・・・・・どうにか、って・・・どうするんだ?」
恐る恐る聞く祐一に、香里は背中を向けたまま、一言。
「・・・・・・聞きたい?
イエ、キキタクアリマセン
だって、巻き添えになりたくないもん。

結局、「寝てるからって、ヘンなことしちゃダメよ」という微妙に困るアドバイスと共に、香里は帰っていった。
一人残された祐一と、寝ている名雪。
「・・・しょうがない、か」


とりあえず名雪の部屋に連れて行き、ベッドに寝かせる。
相変わらず、起きる気配は無い。
「・・・・・・さて、どうすっかな」
手持ち無沙汰に、きょろきょろと部屋を見回してみる。
・・・見渡す限りの置時計。
よくマンガで見る、ハトが飛び出す時計や、キャラクターものの時計などがひしめいている。
「・・・・・・ほんと、良く揃えたよな」
改めて、名雪を見る。
「すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」

寝てるからって、ヘンなことしちゃダメよ

香里の言葉が、不意に蘇ってくる。
(・・・・・・って、何を考えてんだ俺ッ!!)
香里に言われた事で、却って意識してしまう。
(と・・・ととととりあえず、部屋から出よう。後は秋子さんに任せて・・・)
と、祐一が部屋を出ようとした時。

「・・・・・・ん、ん?」
後ろで、もぞもぞと布団がずれる音。
祐一が振り返ると、名雪が瞼をこすりながらこちらを見ていた。
「お、起きたか」
「んー・・・・・・」
どうやら、起きたわけではないらしい。
「大丈夫か?気持ち悪くないか?なんなら、秋子さん呼んでくるけど」
「んんー・・・・・・」
微妙に会話が通じていない。
「・・・まぁいいや。じゃ、俺は下にいるから・・・ッ!?」
もう一度、名雪の方を振り返った祐一は、そのまま硬直した。
「んー・・・・・・あつい・・・」
名雪が。
祐一の目の前で。
もぞもぞ。
「なッ・・・!!お、お前・・・なに脱いでんだっ!!
名雪は祐一が居る事に気づいているのかいないのか、着ていた私服を突然脱ぎだしたのである。
「えー・・・あつい、からー・・・?」
「いや、なんで疑問系なんだよ・・・っていうか、脱ぐなら俺が出てからにしろっ!!」
と言いながら、祐一も出ることが出来ずに居たりする。
「なんでー・・・?」
「なんでじゃなくて・・・いやほら、あぁもうとにかく服を着ろって」
「ゆういちも、ぬぐのー」
「俺は暑くないから脱がない。ってか、本当に服を着ろって」
なんとか名雪に服を着せようとするが、酔っ払い相手に話が通じるわけも無い。
「むー・・・いいもん、わたしだけぬぐよ・・・」
「なっ!?」
言うなり、今度はスカートも脱ぎだしたのだ。


というわけで、今、名雪の部屋には、下着姿の名雪(酔)と、素の祐一。
(ど・・・・・・どうする、俺?)
有る意味、これは降って湧いたチャンスとも言える。
しかし、酔った相手に付け込んで・・・というのは、ちょっと気が引けるのも事実。
進むも引くも困難な状況に陥った祐一に、しかし、ついに打開策が打ち出された。
・・・打ち出したのは祐一ではなかったのだが。
「うー・・・からだがぽかぽかするおー・・・これもぬぐー」
と、とうとう下着まで脱ぎだしたのだ。

『据え膳食わぬは男の恥』
この言葉を考え出した人は天才だ。
そんなことを思いながら、祐一は進む道を選んだ。
静かに歩み寄り、生まれたままの姿でいる名雪を、そっと抱き寄せる。
「名雪・・・・・・」
「ん・・・ゆーいち・・・」
酔っている名雪は、これから祐一がしようとしている行為を理解しているのだろうか。
だが、名雪は不意に顔を上げると。

互いの唇が、触れ合った。

「・・・いいよ、祐一」

オッケイ、いただきます!!

ルパンよろしく服を脱ぎ捨てると、名雪をベッドに優しく横たえる。

「祐一・・・・・・」
「・・・ん?」
憂いを帯びた瞳を祐一に向けつつ、
「・・・・・・祐一の、好きにして・・・いいよ」
「あ・・・・・・ああ」
ばくばくと、壊れたかのように心臓が鼓動する。
「・・・じゃあ、いくぞ、名雪」
「・・・ん」
はい、そこまでですよ♪

突然の第三者の声。
祐一が振り返ると、そこにはいつの間に部屋に入っていたのか、右手に極彩色のジャム瓶を持った秋子さんが。
「いくら男の人がそういう場面に弱いとは言っても、おいたはいけませんよ♪」
「え・・・い、いやその、これは・・・」
必死でその場を取り繕うとするが、
二人とも全裸なこの状況で、言い逃れられる可能性はゼロ。
「では、しばらくおねんねしていてくださいね」
祐一の眼前に、あのジャムが迫ってくる。
「あ、あの・・・ジャムだけは・・・カンベンしてくれませんか?」
「ダメです♪」
ぱくっ。


翌朝。
「・・・・・・おはよう、祐一〜」
「おう、おはよう、名雪」
「うー・・・頭がガンガンするよー・・・」
明らかに昨日のワインが原因である二日酔いに、名雪が何度か顔をしかめる。
「お前もか。俺もなんだか、頭が痛いんだよ・・・・・・」
「え・・・?祐一、お酒飲んでたっけ?」
「うーん・・・どうだったかなぁ。記憶がないんだよ・・・」
名雪同様、祐一もズキズキと痛む頭に辟易する。
ただ。
「・・・・・・」
「・・・ん?どうしたの?わたしの顔になにかついてる?」
「あ、いや・・・なんでもない、ぞ」
今朝、名雪を見ると、自然と体温が上昇していく感じがするのは。
「・・・ヘンな祐一」
間違いなく、昨日あった「何か」の所為なのだろうな・・・と、祐一は思うのだった。


そして。
その会話を聞いている秋子さんは。
「・・・あらあら、昨日のジャムは失敗作だったかしら。また改良しないといけないわね・・・♪」

おわり
あとがき:
ども、深海ねこです。
えっと・・・・・・この内容だったら18禁じゃないよね?・・・よね?
ってか、初めての微エロSSを書いてみたわけですが、果てしなく恥ずかしいです。
お陰で、書き上げるのに相当時間がかかってしまいました、ごめんなさい。
えっと・・・とりあえず瑠璃樺さん、こんなもんで許してくれますか?(ぇ)