他の高校はどうなのかは、分からないけれど。
わたし達の高校の体育祭では、午後の部の一番最初にアトラクションがある。
生徒達の自主性を尊重するとかの理由で、そのアトラクションの企画やらストーリーやらキャストやら背景やら小道具やらについては、生徒達に全て任されている(当然、予算付きだけど)
当然、それらは体育祭に間に合わせるように作らなければいけないわけで――――

〜潦 景子は七瀬八重の夢を(何回)見るか〜
Author:深海ねこ


とんてんかん。
とんてんかん。
勿論、現実にこんな音が飛び交うことはない。
ただ、今のわたし達の状況を表す擬音として、この表現が一番ピッタリだったのだ。
「七瀬、そっちの背景、どれくらいで出来そう?」
「えっと・・・あとは隅っこの色塗りだけなので、あと少しで終わりそうです」
「ん。・・・はぁ、まだまだ終わりそうにないわねぇ」
思わず、ため息をついてしまうにわだったが、無理も無かった。
体育祭まではあと1週間とちょっと。
当初の計画では、本番3日前で小道具、背景などが全て完成。
その後、アトラクションのリハーサルを行うはずだった。
ところが「予定は未定であって決定ではない」と誰が言ったか知らないが、その言葉どおり、
頭脳労働担当(企画担当)の連中からの追加注文が重なり、予定は変更を余儀なくされた。
加えて、そもそも壊滅的にスケジュール管理能力に乏しい人間がスケジュールを組んだため、
普通に作業をしていては到底終わりそうも無い、という事実も露見。
ならばと打ち出した策は単純なもので。
・・・・・・というわけで、既に時刻は午後7時近くになるにもかかわらず、わたしと七瀬はこうして背景と小道具作りに精を出していたのだった。
既に他の生徒達は帰ったのか、教室にはわたしと七瀬の二人だけ。
由崎と青野は他の用事でここにはいない。
まぁ、今頃はもう家に帰っているだろうが。
とんてんかん。とんてんかん。


「・・・ふぅっ。あ、出来ましたよ、にわちゃん」
「ん、どれどれ。・・・・・・」
にわちゃんが、今しがた完成させたばかりの背景をじっ、と見ている。
時折、ふむふむ・・・とか、ほーっ・・・とか、独り言を言っているのが聞こえる。
にわちゃんは小道具、背景などの責任者に当たるので、一応出来上がった作品をチェックしなきゃいけない。
こういうとき、にわちゃんは結構妥協を許さない人だ。
実際、締め切りが迫っているにも関わらず、何度か他のクラスメイトに対して小道具の製作のやり直しを要求したことが少なくない。
だから、例え友達といえど、この場だけは緊張が足元から頭のてっぺんまで走る。
・・・・・・・・・・・・。
ややあって、にわちゃんはゆっくりとこちらへ顔を向けた。
続いて、にかっ、と笑う。
その表情から、OKだということはわたしにも読み取れた。
「うん、急ぎで完成させたとはとても思えないわよ。これなら問題なしっ、ね」
「ふぅ〜・・・よかったぁ」
わたしも、ほっと胸をなでおろす。
そんな様子を見て、にわちゃんがカラカラと笑う。
「そんなに心配しなくても良いわよ。七瀬は要所要所で丁寧だから、安心して見てられるし」
「そ、そうでしょうか・・・」
・・・・・・その割には、美術の成績が思った以上に上がらないんだけど、それとは関係ないのかなぁ・・・?
「・・・ん。これでなんとか、目処はついたわね」
にわちゃんがそう言うと、んー、っと大きな伸びをした。
わたしも、長い間同じ姿勢で作業をしていた所為か、あちこちが凝ってしょうがない。
うー・・・今日は帰ったらバン○リンを塗らないと、明日学校に行けないかもしれません・・・。
既に時刻は7時過ぎ。
本当は、ここまで残っているのはいけないことだ。
さっきも、宿直の先生が見回りに来て、危うく見つかりそうになった。
その時は、机の影に隠れたお陰で助かったけど・・・。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか、にわちゃん」
「うん、そうね。ま、このまま行けばなんとかなりそうだし」
とはいえそれは、朝は学校が始まる一時間半も前から来て作業をし、夜は7時近くまで作業をする、という条件付だけど。
それでも、予定内に終わる目処がついただけでもほっとした。
後片付けをして、鞄を持って、さぁ帰ろう、とドアの取っ手に手をかけ、力を込めたところで――――――――――。


七瀬がその姿勢のまま動かない。
いや、厳密には動かないわけではなく、取っ手に手をかけたまま、プルプルと震えている。
どうしたの、とあたしが声をかける前に、
「ぶはっ!!」
と、七瀬が声を上げた。
どうやら、力を込めるときに、一緒に息まで止めてしまったみたいだ。
有る意味、七瀬らしいといえばらしいわね・・・。
で、とりあえず、七瀬の呼吸が整うのを待つ。

ひとしきり落ち着いた後、七瀬が泣きそうな目でこちらを振り返る。
「なっ!?ど、どうしたのよ七瀬!!」
「ドアが・・・・・・ドアが・・・・・・」
「ドア?ドアがなんだってのよ?」
と、七瀬の横から取っ手に手をかける。
そして、すぐに違和感に気づいた。
「・・・・・・開かない?」
力を入れてもうんともすんとも言わない。
じゃあ、ということで、もう片方のドアに手をかけるが、やっぱり開かない。
・・・・・・まさか、さっき宿直の先生が来た時に、「がちゃり」って音がした気がしたのは。
「・・・・・・閉じ込められたみたいね」
「フォアッ!?」
たぶん、七瀬もある程度分かっていただろう。
が、実際にあたしが口にしたことで、やはりショックを隠せないようだ。
「じゃ、じゃあ、ひょっとしてさっき、宿直の先生が・・・」
「恐らく、ね。・・・にしても、困ったわね」
残念ながら、内側には鍵はついていない。
窓から出ようかとも思ったが、ここは2階。
ビックリ超人でもない限り、こんな高さから飛び降りるなんてできっこない。
・・・・・・しかし、時代というのはどんどん便利になっているわけで。
「・・・・・・とりあえず、由崎か青野に電話してみるか」
携帯電話を取り出し、手早く操作する。
・・・・・・・・・。
とぅるるるるるるる。
とぅるるるるるるる。


「あ、もしもしー?・・・・・・うん、家じゃよ。・・・・・・うん、うん、え?」
電話に出た多汰美が、何かビックリした顔をしている。
たぶん、八重ちゃんかにわやろな。
「・・・あー、そりゃ災難じゃったねぇ」
こんな遅い時間にまだ帰ってこんと、なんの電話やろか。
・・・まさか「教室に閉じ込められちゃいました。 」なんて言うんやないやろな。・・・・・・・・・・・・まさかなぁ。
「うん、うん、じゃ、すぐ行くから、心配しないで待っとってー」
ははは、いくらなんでも、そんなマンガみたいな・・・。
「あ、まきちー。八重ちゃんとにわちゃん、教室に閉じ込められたみたいなんじゃけど」
って、ホンマかいっ!!
ま、まさか、ホンマにそないなコトやらかすとは・・・・・・。
「ん?どしたの、マキちー。ぐったりして」
「な、なんでもない。あまりにもお約束な展開に力が抜けただけや・・・」
あはははは、確かに八重ちゃんらしいと言えばらしいよね、と多汰美が苦笑する。
ま、ともかく、こんなところで脱力してても始まらんわな。
しかも今の状況は、八重ちゃんとにわの二人っきり・・・ということになる。
・・・流石に間違いが起こるとは思わへんが、「絶対ない」とは言い切れへんしなぁ。
そう思った私は、よっこらしょ、っと立ち上がった。
「・・・しゃあないなぁ。んじゃ、ちゃっちゃと助けに行くで、囚われの姫君を」


「ふぅ・・・これで、ひとまずは安心ね。3〜40分もすればあいつら来るでしょ」
携帯を仕舞いながらさらりと言ってのけるにわちゃん。
わたしだったら、パニックになってしまい、携帯を使うなんてことは思いつかない。
やっぱり、にわちゃんは凄いです。
・・・ということを言ったら、にわちゃんは笑って言った。
「あたしだって、一人だったらこんなに冷静になれるか分からないわよ」
「え?そうなんですか?」
「誰だって一人だとそういうものよ」
手近な椅子に腰を下ろすにわちゃん。
「人ってね、自分よりもパニックになってる人を見ると、結構冷静になれるみたいなのよ」
「へぇー・・・え、ということは・・・つまり」
「あ、あはは、まぁ、要は七瀬の慌てっぷりを見てたら落ち着いちゃったってワケ」
ほっぺをぽりぽりと掻きながら、にわちゃんが申し訳なさそうに言う。
うぅー・・・やっぱりそういうことなんですね。
・・・でも、にわちゃんが冷静だったおかげで、ひとまずの危機は脱したわけだから、そんなことは些細なコトでしかなかった。
わたしも、にわちゃんの隣に座る事にする。

――――――――ヒマだ。
3,40分という時間は、何もしないで簡単に過ぎてくれるような時間ではない。
かと言って、一度片付けてしまった体育祭の準備を再び始めるのも気が引ける。
ということで、七瀬とたわいの無い話をしていたが、ヘンなところで会話が途切れてしまっていた。
なんか、凄くヘンな居心地である。
(・・・・・・そっか、いつもは青野と由崎がいるんだっけ)
だから、二人だと会話のタイミングのズレが生じてしまうのだ。
・・・・・・二人?

どっくん、どっくん。
急激に、まるで心臓を動かす機能が壊れてしまったんじゃないかと思うぐらい、鼓動が高まっていくのが分かる。
ぎこちない動きで、ぎりぎりと首を動かし、横にいた七瀬を見る。
・・・・・・・・・すぅ、すぅ。
―――――――――――静かな寝息。
何時の間にか、七瀬は眠ってしまっていた。
今日はいつもより気合が入ってたみたいだったから、疲れていたのだろう。
・・・・・・じゃなくてっ!!
え?え?な、七瀬といま二人っていうことは、つまり七瀬がいてあたしがいて、そいで青野と由崎がいなくて、えっと、えっと、それで・・・・・・。
あたしの頭の回路が相当にオーバーヒートしている。
(い・・・いいい居間、じゃない今だったら・・・七瀬に何をしても・・・)
己の本能のままに従い、無防備に寝ている七瀬の正面に立つ。
どっくん、どっくん、どっくん、どっくん。
これ以上速く動いてしまったら、身体がバラバラになりそうなぐらいに心臓が脈を打つ。
(き・・・・・・キスくらい・・・なら・・・バレない・・・よね)
どっくん。どっくん。
目の前に七瀬の顔。
あたしの唇と、七瀬の唇の距離が・・・・・・徐々に、徐々に近づいてくる。
50センチ。
どっくん。どっくん。
40センチ。
どっくん。どっくん。どっくん。どっくん。
20センチ。
どっくん。どっくん。どっくん。どっくん。どっくん。どっくん。どっくん。どっくん。
10センチ。
どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
5センチ。
どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくん。
そして、唇が―――――――――――――

「にわちゃんは・・・・・・・・・・・・すごい、です」
寝言。
「わたしには・・・とても・・・真似できない・・・です」
「・・・・・・」
そうだ。
今更気づいた。
無防備なのは、信頼している証。
心臓の鼓動が、落ち着きを取り戻していく。
もし、今の七瀬の一言がなければ。
そう思うと、そこへ至らなかった事への安堵と、ここまで至ってしまったことへの自責の念があたしを同時に襲った。
ふらふらとした足取りで、隣の椅子へとなんとか座り込む。
そのまま、がっくりと俯いた。
(・・・・・・あたし、何やってんだろうなぁ)
その、女の子同士で・・・・・・き、キス、なんて。
一時の欲望に任せて行動した自分が・・・・・・情けない。
くしゅんっ。
そのとき、不意に音がした。
見ると、七瀬が寝ながらくしゃみをしていた。
そういえば、少し肌寒い・・・・・・が、それほど気にはならない。
でも、小柄な七瀬は・・・・・・。
「・・・・・・」
暫く七瀬を見つめた後、あたしは、あたしなりの罪滅ぼしを始めた。
・・・・・・でも、やっぱり、七瀬はかわいいなぁ。


「いやー、随分時間がかかっちゃったねー」
「まったくや。あの先生、『校内には誰も残ってない』の一点張りで、まったく鍵貸そうともせえへんかったからな」
結局、押し問答の末に鍵はゲットできたからひと安心じゃけど。
二人、廊下を歩く。
「・・・・・・あれ?」
マキちーがふと立ち止まった。
「ん?どしたん?マキちー」
「いや・・・ウチらの教室なんやけど・・・」
そう言いながら、教室を指し示す。
そこには、黒一色の世界が広がっており、電気が点いている様子などが全くなかった。
「あれー?なんでじゃろ?」
「まさか・・・・・・二人っきりなのをいい事に、暗闇に乗じて・・・」
あ、マキちーの河童センサーが反応しとる。
「マキちー、そんなこと言ってると、また髪が伸びるの早うなるよ」
「や、やかましいわ!!」
でも、確かに真っ暗っていうのは気になるところじゃね。
・・・・・・。
ドアの前にくると、中には誰もいないような感じがする。
でも、確かにこの中に八重ちゃんとにわちゃんがいる。
「じゃ、入ろっか」
「あぁ。それじゃ、鍵を渡―――――」
がちゃり。
「開いたよ、マキちー」
振り返ると、マキちーが固まっていた。
「・・・・・・多汰美、今、素やったな」
「あ」
・・・・・・それはもう極々自然に、ヘアピンで鍵を開けていた。
「・・・あ、あはは。鍵・・・いらんかったねぇ」
「・・・まぁ、ええわ。入ろ」
マキちーの背中が、すごく色あせて見えるのは気のせいじゃろか・・・・・・。
それはともかく、先に入ったマキちーが部屋のスイッチをオンにする。
ピカピカッ・・・・・・パッ。
何度か点滅した後、部屋中の蛍光灯がすべて点灯する。
その光の下、八重ちゃんとにわちゃんがいた。
「・・・・・・寝とるねぇ」
「はぁ、全く・・・気楽なもんやわ・・・・・・と?」
マキちーが何かに気づいたらしく、とことこと近づいていく。
「これ・・・・・・にわの服や」
「え・・・・・・あ、ホントじゃ」
よく見ると、八重ちゃんは制服の上に制服を羽織られており、一方のにわちゃんは制服を着ていなかった。
「・・・そっか、八重ちゃん、結構寒がりじゃもんね」
「ん。にわも案外、いいところあるやないか」
「あはは、それは言いすぎじゃよマキちー」
笑いながら、安らかな寝顔でいる二人を見る。
・・・そう、誤解されがちじゃけど。
にわちゃんは・・・・・・自分の気持ちを表現するのが、人よりほんのちょっと苦手なだけなんじゃから。
「・・・そうじゃよね、にわちゃん」
「・・・・・・?多汰美、何言ってるん?」

多汰美の独り言が、にわの耳に届いただろうかは分からない。
ただ、多汰美には、蛍光灯の光に照らされたにわの頬が少しだけ、照れる様に紅に染まった気がしたのだった・・・・・・

〜潦 景子は七瀬八重の夢を(何回)見るか〜 END


あとがき:
どもども、深海ねこです。
ご覧の通り、まんがタイムきららで大好評連載中・・・だった、トリコロのSSです。
久々の新作になります。・・・・・・と言っても以前、瑠璃樺彌燐さんに送ったやつなのですが。
ちゃんとした新作を作れるようになりたいです。
ところで、トリコロってメジャーな漫画なんですかね?
2006年4月には電撃大王に移籍するということで、何があったのかは闇の中ですが、
あまりヘンな事は考えずに素直に海藍氏を応援したいところですね。
そいではっ。


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