「先生、野球部を作りたいんだけど」
突然の台詞に、俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
「げほっ、げほ…!!な、なんだいきなり。今なんて言った?」
「何度も言わせないで。野球部を作りたいの」
「野球部……?おいおい、どうした急に」
俺の目の前の少女………博麗霊夢は、いつも通りやる気のなさそうな顔で。
「甲子園を目指したいの」
「な………」
ここは私立女子校・幻想郷学園。
既に昼休みも半分を過ぎた、職員室での出来事だった。

東方野球狂 〜Go mad to baseball

原作:東方Project(上海アリス幻樂団/ZUN)
文:深海ねこ

以前と比べれば、女子野球もかなり活発になった方だと思う。
女子高校野球選手権大会の発足がまさにその象徴であり、
最初は少数だった参加校も年々増え続け、今やそれは本家の甲子園大会をも凌がんとする勢いだ。
「…だが、まさかお前が野球部を作りたいなんて言うとは思わなかったぞ、博麗」
放課後、生徒指導室。
さっきはあまりに唐突な提案だったため、改めて博麗に来て貰ったのだ。
「まあ、ね」
「しかも甲子園ときたもんだ。…お前、そんなに野球が好きだったように思えないんだが」
俺が「博麗霊夢」という人物に対し抱いているイメージは、何をやらせてもそつなくこなす………そんなところか。
だからなのかは分からないが、クラスでは委員長もやってもらっている。
まあ、変な言い方にはなるが、クラスに一人は欲しい人材だ。
さて、博麗の回答は。
「最近好きになったのよ」
「………」
「なによ、その目は」
だが、俺はこいつが何を考えているのかよく分からなかった。
時々、突拍子もない行動を取ることがその一つだ。
おまけに、その理由を「勘」などと答える始末。
悪い子じゃないとは思うんだが……
「思いっきり怪しいんだが………まあ、いいだろう。スポーツをやるのを止めるわけにはいかんしな」
「うん、話が分かるじゃない」
「そいつはどーも。………だが、なぜ俺のところに話を持ってきたんだ?そもそも、俺はお前の担任じゃないし」
ちなみに、俺が教えているのは日本史だ。
「だって、先生って野球経験者じゃない」
その言葉に、俺は思わず博麗を見た。
「やっぱり知ってる人に顧問になって貰うのが一番よね」
「………待て。俺が野球経験者だと、誰から聞いた?」
確かに俺は昔、野球選手だった。
流石にプロには行けなかったが、社会人としてそこそこ名門チームに在籍していた。
色々あって今の職場にいるのだが、そんな昔のことは誰にも言ってない。
余程のアマチュア野球マニアでなければ、そんな俺の昔の姿を知ることはないはずだ。
「勘よ」
博麗、しれっと言いやがった。
「お前な………」
「と、いうのは冗談で」
冗談かい。
「聞いたのよ」
「誰に?」
「私よ」
「わあっ!!」
突然の第三者の声に、素っ頓狂な声を上げてしまう俺。
「あらあら、すごく面白い声」
「び、びっくりさせないでくださいよ八雲校長!!」
突然俺の目の前に表れたのは、この学校の校長である八雲紫校長。
神出鬼没で、突然人の前に現れたりすることから、某青色猫型ロボの秘密道具でも持っているんじゃないかと噂されている。
「うふふ、やっぱり貴方が一番脅かし甲斐があるわ」
そう、俺はよくこの人にからかわれている。
そこには校長の威厳は欠片もないのだが………まあ、嫌われていないだけ良しとしよう。
「人で遊ばないでくださいよ………それより、よく私が野球経験者だって知っていましたね?八雲校長」
「勘よ」
俺は盛大にずっこけた。
「あなたも勘ですかっ!!」
「やあねえ、冗談に決まってるじゃない。こう見えても私は野球通なのよ。貴方がこの学校に入ってきたときから知っていたわ」
いつも持ち歩いている扇子で口元を隠しながら、うふふと笑う。
………この人も時々、怪しい素振りを見せるよなあ。
「校長が野球通だったとは、初耳です。で、今回の件ですが」
「霊夢………博麗さんが私に相談してきてね。それだったら顧問は貴方がいい、って教えてあげたのよ」
なるほど。一応、合点はいく。
「………まあ、顧問になるのは別に構いませんが。他に経験者も居ないでしょうし」
「さすが、話が分かるわね」
「誉めても何も出んぞ、博麗」
まあ、実際誉められるのは悪い気がしない。
「ともかくこれで、目出度く野球部設立ね」
「………待て、博麗」
フライング気味ではしゃぐ博麗に待ったをかける。
「まだ野球部設立が決まったわけじゃないぞ」
俺の声に、意外そうな目をする博麗。
「え?だって、先生がOKなら問題ないじゃない」
「そうそう。それに部活動の許可なら、私が校長権限でいくらでも出してあげましてよ」
それは職権濫用じゃないのか………それはさておき。
「いやいや、そうじゃなくて。………博麗、基本的なコトを聞いておくが、野球は何人でやるスポーツだ?」
「とりあえず3人ぐらいいればいいんじゃない?」
俺はその場で頭を抱えた。
「あれ?違った?」
「(霊夢、さっき教えたじゃない。9人よ、9人)」
「(ああ、そうだっけ。そういえばもっと多かったわね)」
なんか後ろでごにょごにょ話している気がするが、よく聞こえない。
とりあえず、博麗が野球を全く知らないのは分かった。
「………博麗、お前がどれだけ野球をやりたいか、先生はよく分かったよ」
「あらそう。分かって貰えて嬉しいわ」
皮肉だ。気付け。
「まあ、とりあえず野球をするにはあと8人、最低でも9人いないと出来ないスポーツなんだ。
 だから、あと8人連れてこい。そうしたら晴れて野球部設立だ。………で、構いませんか?八雲校長」
「ええ、問題ないわ。それに、この娘なら8人ぐらいすぐに集めてくると思うし」
「まあね。じゃあ先生、明日の放課後までには8人集めてくるから」
そう言うと、博麗は俺の返事も聞かず、指導室を飛び出していった。
「明日か………ずいぶん早いな。もっとかかると思うんだが………」
「ふふ、そうかしら?」
「………まるで分かってるみたいですね。明日8人集まることが」
この人の場合、本当に分かっていそうで怖い。
「さあ、どうでしょう。………明日が楽しみね。それじゃ、私はそろそろ失礼するわ」
「あ、お疲れ様です………って、もういない」
まったく、相変わらず神出鬼没な人だな………。

かくして、博麗は次の日の放課後、見事にメンバーを集めてきた。
「………本当に集めるとはな」
「あら、疑ってたの?」
「まあ、正直な。いやはや、たいしたもんだ」
見ると、本当に個性的な顔ぶれが揃っている。
上級生までいるじゃないか………博麗の人脈はどこまであるんだ。
しかし、俺が知らない顔も多いな………まあいいか。
とりあえず、これだけは聞いておかないとな。
「さて。お前達に聞きたいが、この中で野球経験者はいるか?」
………
居ない、か。
まあ、ここまでは予想の範囲内だ。
問題は、次の質問だ。
「………じゃあ、この中で、野球を知っている者は?」
………
「はいっ!!はいっ!!」
「…博麗。お前は昨日俺の質問に答えられなかったじゃないか」
………やはり、0か。
つまり、全員が全員、素人どころか野球のやの字も知らない、と。
じゃあ、最後の質問だ。
「えー………なんで、野球部に入ろうと思った?」
これには、全員一致でこう答えた。
「面白そうだったから」
………。
何の澱みもないその答えに、俺は。
「………やっぱり引き受けたのは失敗だったかな」
今更ながら、後悔の念を抱くのだった。

あとがき:
脳からアイデアが出てきたら、それは文章に起さないとダメだと思うんだ。SS書き的に。
というわけで、恐らく誰もやっていない「東方高校野球小説」がいまからはじまるよ。
プロ野球編は既に他の人がニコニコ動画に上げてるから、それとは違う形で野球の面白さ、特にこっちは「一発勝負の醍醐味」を引き出せればいいな、と。
………とりあえず、第1回目なので色々と突っ込み所はあると思う。
「そもそも霊夢達がなんで高校にいるんだ」とか。
まあそれは伏線なんだ。今は許して欲しい。
そのうち明らかになるはずだ。俺の伏線回収能力が働けば、だが。
半ば見切り発車な上に、ちゃんとした計画があって書いてるわけじゃないから途中で無かったことになるかも。
それでもいいや、という奇特な人だけ見てくれれば俺は幸せだよ。
あと感想くれるとやっぱりやる気が出るので、批判でもいいので何か一言くれれば幸い。

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