東方野球狂 〜Go mad to baseball


第6話


「さぁて………打っちゃうよ〜」
無邪気な、それでいて不気味な笑顔を浮かべながら、フランドールが打席に入る。
「………ううん、すごいな、アイツは」
「何が凄いんです?監督」
ベンチで隣に座っていた鈴仙が、何を言っているのか分からないという表情で俺を見る。
「鈴仙、お前はフランドールを見て何か感じないか?」
「え?………うーん、そうですねえ。ちょっと、おかしな波長ですよね」
波長、ときたか。なんだかよく分からんが、まあ思ってることは同じだろう。
「まあ、なんだ。こいつが打席に入ると打ってくれる!!………生まれつき、そんな雰囲気を持った選手がいるんだよ、世の中には」
「へえ。………で、彼女がそうだと?」
「俺の勘に間違いがなければ、な」
あの雰囲気ならば、四番に相応しい。
その四番に、八意はどんなリードをするのだろうか。
まず初球は、外角低めへのストレート。
「なるほど、まずは様子見か」
「様子見?様子見ってなんだ?」
霧雨が後ろからのしかかってきた。
「うぐ………。こら、やめんか」
「だって、暇なんだぜ。私の出番はまだかよー」
まだ2回だ。
「まあ落ち着け、黙って試合を見てろ。他の選手のプレーとか、参考になるだろ」
「まあ、参考にはなるけどな。でもやっぱり見るよりやるほうが楽しいぜ」
ま、そりゃそうだろう。ベンチでずっと待機で喜ぶ奴なんていやしない。
「控えって楽でいいわねぇ。私もうずっと控えでいいわぁ」
前言撤回。一人だけいた。
「で、監督。さっきの「様子見」の意味だけどさ」
「ああ、あれか。簡単なことだ」
俺はごほん、とひとつ咳払いをして。
「自分の手の長さで簡単に届くボールと、届きにくいボール。お前ならどっちが打ちやすい?」
「そりゃ当然、届くボールだろ?」
「正解だ。つまり、外のボールは打ちにくい。これを投手側から見れば、打たれにくい、ということになる」
ましてや低めだ。バッターからみて一番遠い球となる。
「だから外角低めってのは、ピッチャーの生命線なんだ。ここのコントロールが良くないと、一流のピッチャーとは言えんな」
「へーぇ。なるほどね。で、それと様子見とどう関係があるんだ?」
「あとは自分で考えろ。それも勉強のうちだ」
「あ、ずりぃ」
霧雨は口をとがらせるものの、ちゃんと自分で考え出したようだ。
隣では鈴仙も一緒になって頭を悩ませている。
そして、博麗が外角低めへストレートを投げ込んだ。
八意の構えた場所とほぼ同じ場所。
さて、フランドールはどう出るか………
「いっただきぃ〜!!」
「なっ!?」
なんと、外角低めもお構いなしに踏み込んで来る。
そしてバットを強振。
キィ――――――――――――ンッ!!
外角の球を流した、というよりは、無理に当てただけ、という打球。
その一瞬、俺は「よし、抑えた」と思った。
(………普通に考えて、当てただけの打球はボールへ十分に力が伝わらない。外角一杯に投げたのだから、尚更だ)
ライトのレミリアは、一歩も動かない。
(そんな球は普通、ホームランになどなるわけがない………)
レミリアは、まだ動かない。
(ホームランに………なるわけが………ッ!!)
レミリアは、動く必要などなかった。
フランドールの放った打球が、あっさりとスタンドインしたのだから。
「ホ………ホームラン!!」
誰もが入るはずが無いと思っていたのだろう。
………審判の動揺した声が、その証拠だった。
「う………嘘だろ………」
悪い夢だと思いたかった。
いくらこの球場が、広島市民球場ぐらい狭いからって、あれがホームランになるなんて。
「やったー!!ホームランだよホームラン!!」
打った本人は無邪気に笑いながらベースを駆けていく。
一方、打たれた博麗は。
「全く、よくもまああれだけ飛ばすわね………」
当然、いい気分ではない。
自然とマウンドを蹴り上げていた。
そこへすかさず、八意がフォローに回る。
「でも良い球だったわよ。………まあ、犬に噛まれたと思って諦めなさいな」
………この言葉がフォローなのかどうかはさておき。
ともかくこれで1−0。
出来れば先に点を取りたかったが、まあ取られてしまったものは仕方がない。
それよりも今は、続く打者に集中しなければならない。
バッターボックスには5番・比那名居天子が入る。
「さぁ、続いていくわよ」
「はん………打たせるもんですか」
並のピッチャーならここで、打たれたことを引きずることが多い。
いくら悔やんだところで取られた1点は返ってこない。
それならば、次の1点を取られないようにしたほうがよっぽどマシではないか。
………と頭ではわかっていても、そのとおりに実行できないのがほとんどである。
だが、博麗は違った。
「ストライク!!バッターアウト!!」
「あら、結構打てないものなのね」
「そりゃ、私が本気出せばこんなものよ」
落ち着いて比那名居をカーブで三振に打ち取る。
次は6番・小野塚小町。
「こちとら四六時中、棒みたいなモンを担いでいるんだ。バットを扱うぐらいワケないってね」
「あらそう。じゃあ、見せてもらいましょうか」
八意の挑発に乗ったかどうかは知らないが、小野塚は初球からフルスイングで果敢に攻めてきた。
だが、それで打たれるほど博麗の球も易しいものではない。
結局、スライダーを交えて外角中心に攻めることで難なく三振に切り捨てた。
「うーん、コイツが軽すぎるんだよな〜。もっとでかくて長いヤツじゃないとダメだな、こりゃ」
ぶつぶつと文句を言いながら引き下がる小野塚。
ちなみに、今持っていたバットも90センチ近くあるだろうか。かなり長いほうだ。
(それよりも長いバットってどんなバットだよ………)
敵も味方も、本当に変わったやつが多いな、と思う。
そして7番・秋穣子を迎える。
「なんでこのクソ暑い時期にこんなスポーツやるのよ………秋で良いじゃない、秋で」
「いいけど、そのころには高校野球が終わってるわよ」
微妙に秋の調子が悪いことも幸いしてか、サクッと三球三振で秋を仕留める。
これでスリーアウト、チェンジだ。
1点は取られたものの、そこから三者連続三振と、しっかり立ち直るあたりは素晴らしかった。
「お疲れ、博麗。あと1回、よろしくな」
「あーはいはい。あと1回ね………ん?あと1回?」
俺の言葉に博麗はうなずいていたものの、急にこちらを向いた。
「ちょっと監督、あと1回ってどういうこと?」
怒ったような口調で博麗が訊いてくる。
というか、怒ってないかこいつ。
「あれ、言ってなかったっけか。別に今日は勝ち負けとかはどうでもいいから、なるたけ全員の力量を試そうと思ってるんだ」
何しろ本番の県予選で、ぶっつけで試すわけにもいかないからな。
「聞いてない。………じゃあ、私はあと1回でお役御免、ってわけ?」
「ああ、そういうことになるな」
あっさりと俺が言ってのけたので、さらに博麗は口を尖らせる。
「じゃあアイツ………フランドールに打たれたまま、すごすごと引き下がれって言うの?」
ああ、やっぱり気にしていたか。
あと1イニングの投球では、フランドールと対戦することは出来ない。
いや、打たれまくれば一回りして対戦するかもしんが、さすがにそこまで投げさせる気はない。
そりゃ、打たれっぱなしはイヤだろうなあ。
「気持ちはわかる。でもな博麗、リベンジは今じゃなくてもいいだろう?」
「何言ってるの?今じゃなくていつリベンジするのよ?」
「まあ落ち着け。今じゃなかったら決まってるだろ」
そう。残る機会はひとつ。
「県予選の試合だ」
「あ………」
一同、そういえば忘れていた、という顔をしている。
「お互いに同じ県じゃないか。ということは勝ち続けてさえいればいつかは対戦するってことだ」
勿論、それは相手にも勝ち続けてもらなければならないが、その点は心配ないだろう。
なにせ、女子高校野球での超高校級ピッチャー兼超高校級スラッガーがいるのだ。
1,2回戦レベルなら楽に勝ちあがってくるだろう。
「そうね………どうせならそこで叩くのがいいわね」
博麗もうんうんと頷いて納得してくれたようだ。
「ということで、あと1回よろしくな」
「ええ、任せておいて」
小さくガッツポーズをする博麗。
よし。となれば、あとは打つほうだ。
「………と、あれ?レミリアはどうした?」
ベンチの何処を見てもいる気配はない。
「お嬢様なら、既にバットを持って構えていますが」
十六夜の言葉にバッターボックスを見ると、確かにもう構えている。
「ありゃ。………まったく、一言アドバイスをしてやろうと思ったのに」
「ですが監督。その心配は無いと思いますわ」
「なに?」
十六夜の言葉に俺は思わず振り向いた。
「どういうことだ、十六夜」
「言葉通り、心配無用です。お嬢様なら打ちます」
「打ちます、ってお前………」
確かに相手はレミリアの妹かもしれんが、それを除けば超高校級投手だぞ。
それを、何のアドバイスも無しに打てるはずが無い。
思わずベンチから立ち上がって、十六夜にそれを言いかけようとしたときだった。
フランドールの手から、先ほどと変わらない快速球が放たれる。
「お姉様………この球、打てるッ!?」
「そう………いいわよ、フラン。流石私の妹。………でもッ!!」
カキィィィィンッ!!
打った瞬間、はっきりと認識した。
「………ホームランだ」
そう呟いた時には、センターの犬走が呆然と見つめるなか、「どむっ!!」という音と共にボールがバックスクリーンに突き刺さっていた。
「まあ、こんなものかしらね、最初は」
後に残ったのは、バットを持ったカリスマが一人。
打たれたフランドールは、ボールが突き刺さった様子をじっと見つめていたが、やがて姉………レミリアの方へ向き直り、にやりと笑った。
「さすがお姉様………でもね、次に勝つのは私だよ」
「ええ、受けて立つわよ。真っ正面から、ね」
そう言って、バットをゆっくりと捨ててホームを一周する。
「………見たか、お前ら」
「………ああ」
お互い、そう言うのが精一杯なほど、呆気にとられていた。
ただ一人、十六夜を除いて。
レミリアが悠々とホームへ返ってくる。
「あら、お出迎えは無し?こういうとき、ハイタッチとかするんじゃなかったかしら」
本人は、ホームランを打ったのがさも当然だと言わんばかりの態度だ。
「あ、ああ………すまん。その………なんだ、余りにも見事なホームランだったからな、ちょっと面くらっちまった」
というか、どんだけレベルの高い試合をしてるんだお前らは。
ともかく、これで早くも同点。
「さあ、一気に逆転といこーぜ!!」
ベンチの中から霧雨が声を張り上げる。
「そうだ!!ガンガン打っていけー!!」
俺も負けずに声を張り上げる。
打席には5番・八雲藍。
「打つ!!」
「はん!!お前なんかに打たれるもんか!!」
姉に打たれてショックかと思いきや、より投球フォームがダイナミックになったように思える。
ぎゅおんっ!!
唸りを上げて速球がたたき込まれる。
その勢いは誰にも止められそうにない。
「ストライィィク!!バッターアウト!!」
「ぐ………」
呆気ないほど八雲が三振した。
続くは6番・魂魄妖夢。
剣術の心得がある魂魄は、バットを寝かせて構える独特の打法でフランドールを迎え撃った。
「へぇ。………あれなら大振りしないぶん、速いストレートにも対応できそうね」
八意が感心したように頷く。
「でもあの構えじゃホームランが打てないぜ。やっぱり狙うならホームランだぜ!!」
それに霧雨が反論する。
なんというか、霧雨らしくてつい笑ってしまう。
そこでふと思う。
(………ということはあれか、霧雨を使うなら、一発狙う場面で使えばいいのか)
フランドールが相変わらずの快速球を投げ込む………というよりは、ぶち込む、と言った方が正しいか。
「打てない球など、ほとんど無いッ!!」
魂魄が、待ってましたと言わんばかりに最短距離でのスイングを敢行。
だが。
ギンッ!!
「あっ………!!」
耳障りの良くない音を立て、力のない打球が宙へと舞い上がる。
「あんたに打たれる球なんて………そんな球投げないよッ!!」
ゆっくりと落下したボールを、大事そうにキャッチャーのレティが抱え込む。
「アウトッ!!」
悔しそうに引き下がる魂魄。
「………?」
いや、そんな顔ではなかった。
必死に痛みに耐えている顔だ。
慌てて、魂魄のそばまで駆け寄る。
「魂魄、どうした!?」
「う………腕が………痺れて………」
見ると、魂魄の両腕が小刻みに、不規則に振動していた。
「なんだと………!?」
それはつまり。
「彼女の球………速いだけじゃない。すごく、重いです………」
恐らく、その重さも尋常ではないだろう。
普通、打ち損じただけでここまで脂汗はかかない。
よほど打ったときに激痛が走ったのだろう。
「………参ったな。これじゃヒット狙いが通用しないじゃないか………」
思わず、口から弱音が出てしまった。
しまった、と思ったときには霧雨から罵声が飛んできていた。
「こらっ!!監督がそんな弱気でどーすんだよ!!」
耳がキーンとするほど、近くで怒鳴られる。
「わ、悪かった、悪かったよ」
「全くだぜ。しっかりしてくれよな、ホント」
やれやれ、と言ったように肩をすくめる霧雨。
(………確かに、今のは不用意な発言だったな)
それを霧雨に見破られるとは………まったく、どっちが監督だか分かったものじゃない。
ズバアァンッ!!
「ストライィィク!!バッターアウト!!」
そんなやりとりをしている間に、7番・十六夜も呆気なく三振に取られていた。
結局は同点止まり。
ただ、よく同点に出来たものだと思う。
(それもこれも、レミリアさまさまだな………)
偶然にも4番に据えたが、このまま4番定着でも良いかもしれない、と思うのだった。

3回表、相手チームは8番・レティ・ホワイトロックからだ。
「気をつけろよ八意。8番はフランドールの球を軽々と受けられる奴だ。意外と一発があるかもしれん」
プロテクターを付けていた八意に声をかける。
「分かってるわ。まあ、これ以上は打たせないから安心して見てて良いわよ」
「また強気な発言だなあ。まあ、強気なのはいいことだけどな」
キャッチャーというのは、本来ピッチャーを支え、引っ張っていく立場だ。
キャッチャーが強気であれば、例えピッチャーが弱気でも問題ない。
しかし、キャッチャーが弱気な場合は、それにピッチャーが引きずられてしまう。
弱気なリードはピッチャーから闘志を奪う。それでは勝てる試合も勝てない。
「じゃ、行ってくるわ」
そう言い残して、八意は駆けていった。
「………」
だがな、八意。
強気と無謀は、紙一重になる。
それを、忘れるな。
俺の後ろでは、蓬莱山がやはり暢気にお茶をすすっていた。
あとがき:
ホームランはやっぱりいいね!!野球の華。
いや別に投手戦が嫌いってわけじゃないけど。
ということで今回はカリスマ姉妹が主役のまき。
ちなみに、なるべく出てくるキャラ全員に見せ場を作ろうと目論んでいるので、
話の流れが遅いのは仕様だよ。ゆっくりしていってね!!
ヘタに話を進めようとすると俺の場合、三振のオンパレードにしちゃう悪い癖があるので。
次はもっと試合を動かす予定だよ。

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