東方野球狂 〜Go mad to baseball


第7話


3回表、幻想郷学園の守備。
二死満塁。
打者・フランドール。
いきなりこの事実を突きつけられ、はいそうですかと納得する者はたぶん、いない。
この回は、8番のレティから。
順調に行けば、8・9・1でチェンジ、のはずだった。
実際、順調だった。
8番・レティを三振。
9番・リリーホワイトをこれまた三振。
これで1番・犬走を打ち取ればあっさりとチェンジだったのだが………
ここで、歯車が狂い出す。
まず犬走が博麗の外角カーブを狙い澄ましたかのように流し打ち、ライト前ヒット。
2番・東風谷がこれまた外角ストレートを逆らわずに打っていき、ライト前ヒット。
3番・永江にすら同じように流し打たれて、3連続ライト前ヒット。
そして4番である。
「うわーい!!ここでホームラン打ったら4点だよ、4点!!」
当の4番・フランドールは打つ気満々である。
マウンドでは、博麗と八意が作戦を立てていた。
「まいったわね………そりゃ、やり返すのは早い方が良いけど」
「そうよ、むしろやり返す為にここまで引っ張った、ぐらい思っておきなさい。じゃ、しっかりね」
………作戦じゃなかった。
「………しかし、これは間違いなく山場だな。この結果次第で試合全体の流れが決まっちまうかもしれん」
「そ、そんなことより監督!!霊夢の奴、何で急に打たれだしたんだよ!?」
霧雨が目を白黒させながら疑問をぶつけてくる。
「そうねえ。そこは私も興味あるわ」
蓬莱山までもが、いつのまにか身を乗り出してきていた。
「そうだなあ。………お前達は何でだと思う?分かった奴は優先的に試合に出してやるぞ」
俺はベンチにいる全員に対して、逆に聞いてみた。
「霊夢が疲れた」
「違う」
「霊夢が手を抜いた」
「それも違うな。ってかみんな博麗のこと悪く言い過ぎじゃないか?」
「わかった!あたいがさいきょーだから!!」
「違うわッ!!」
………ひとしきりコントのような問答を繰り広げた後、俺は全員を前に口を開いた。
「………博麗が打たれたのは、何も疲れたとか、ましてや手を抜いたわけでもない」
「じゃあやっぱりあたいが」
「………お前は最強かもしれないが、勿論それも違う」
「じゃあ何故です?もったいぶらずに教えてくださいよ」
鈴仙がたまりかねて立ち上がった。
「まあ落ち着け。博麗が原因じゃなきゃ、残るは一つしかないだろ?相手の打線だよ」
俺の回答が意外だったらしい。皆、きょとんとした表情をしている。
「えっと………どういうことだ?」
必死に理解はしようとしているだろう霧雨が、こめかみに手を当てながら聞いてきた。
「ははは。じゃあ、ちょっと整理してみるか」

「元々、博麗−八意のバッテリーは打者に対し、変化球主体、そしてコースは外角を中心に攻めるように投げていた。ここまでは分かるか?」
俺の問いに、今度は全員がうんうんと頷く。
「それに対して相手の打線は、特に作戦もなく打ちにいっていた。
 まあ、フランドールにだけは馬鹿力でスタンドまで持ってかれちまったが、それ以外には概ねあいつらの作戦は通用していた」
つまり、外角を無理に打って凡打になったり、届かない球を振りにいって三振をしたりだ。
「………だが、打順が一回りしてから、明らかに相手の打ち方が変わった」
「………もしかして、相手はその外角を狙い打つようになった………ということか?」
ここまでずっと考え込んでいた上白沢が、手を挙げつつ恐る恐る口を開いた。
「大正解だ、上白沢。相手がこちらの攻め方に気づいた。ならば話は簡単だ。その外角だけに狙いを絞って、逆らわずに打っていけばいい」
恐らく気づいたのは、あの八坂とかいう監督だろう。
………まあ、よく考えてみれば、これまでは馬鹿正直に外角一辺倒の投球しかしていない。
気づかない方がどうかしているだろうが。
「なるほどねえ………って、おいおい!!それじゃ霊夢達、大ピンチじゃないか!!」
「ああ、そうだろうな」
「そうだろうな………って、人ごとかよ!!あいつら絶対気づいてないぜ!?」
「そうですよ。分かってるなら、なんで教えてあげないんですか?」
霧雨、鈴仙の二人から同時に言われるが、俺は黙ってベンチで足を組んだ。
「おい監督!!聞いてるのかよ!!」
「そんなに大きな声出さなくても聞こえてるぞ。………今は八意の好きにやらせてみるべきだ。今後の為にもな」
4番・フランドールに対し、八意はまたしても外角に構えた。
しかし、前回打たれていることを踏まえ、目一杯外角に構えていたが。
「これ以上………打たせてたまるもんですか!!」
博麗の力一杯の投球は、八意の構えたところにズバリ向かっていく。
しかし、それに迷わず手を出すフランドール。
カキィィィンッ!!
「ファール!!」
打球の行方こそ明らかにライト方向へのファールと分かるものの、その勢い自体は凄まじいものだった。
「お〜、危ないねえ。ちょっと間違えればさっきの二の舞だよ」
脳天気に伊吹がからからと笑う。
「ははは、そうだな。このままだとアイツを打ち取るのは難しいな」
俺もそれに合わせて苦笑する。
「じゃあ何故あいつらに教えてやらないのだ?」
そんな俺の態度が理解できないのだろう、霧雨や鈴仙、上白沢は俺につっかかっていた。
「だから、さっきも言っただろ。今後の為だって」
「今後の為って………どういうことだよ」
「………ここで俺が教えてやるのは容易い。さらに、配球のイロハを教えてやるのも可能だ」
「だったら………!!」
「でもな。俺は八意を見て思った。アイツはそれらを、自分で身につける力を持っている、と」
ベンチ内に、一瞬の静寂が訪れる。
「それだったら、俺はこの試合、負けてもいいからモノにして欲しい。そう思っているからこそ、敢えて何も言わないんだ」

カキィィィンッ!!

俺の言葉が終わるか終わらないかと同時に、快音が響いてくる。
全員が一斉に音のした方を見やる。
フランドールは嬉々としてバットを高々と放り投げていた。
博麗は呆然とバックスクリーンを見たまま、立ちすくんでいる。
八意は何を思うか、じっと下を向いたまま膝を突いていた。
ともかく、事実として分かるのは、打球がライトスタンドへ運ばれた………つまりホームランになった、ということだ。
しかも、ただのホームランではない。満塁ホームランなのだ。
「やれやれ………ほんと、よく飛ばす妹さんだこと」
3回表、スコアは5−1となった。

キンッ!!
5番・比那名居をフルカウントの末、どうにかサードゴロに打ち取り、悪夢のような3回表は終了した。
ベンチに戻って来るなり、どっかりと座り込む博麗。
「………」
そのまま、ずっと下を向いていた。
当然だ。それは、野球をやったものであれば、誰でも理解できる感情だから。
だから、とりあえず俺は、博麗の頭をわしわしとなでてやった。
「お疲れ、博麗。それに八意も。良い勉強になっただろう」
「………何が」
ようやく、博麗の口から言葉が漏れだした。
「そりゃ勿論、いいバッターを打ち取る為の、だ。外角一辺倒じゃ到底通用しないってことが分かっただけでも儲けもんだろ?」
がたん。
音がした方を振り向くと、八意が冷めた目でこちらを向いていた。
「じゃあ監督は、この結果が分かっていたと………?」
「まあ、さすがに満塁ホームランは予想してないさ。どこかで打ち損じてくれるかもしれないしな。でも、あの状況じゃ打ち損じを期待するしかなかったのも事実だ」
「………そう。知ってて、黙ってたのね」
明らかに、怒気を孕んだ口調。
(お、おい。やばいぜ監督………。永琳の奴、キレてるぞ)
(あ、あわわ………師匠が怒ったら何が起るか分かったモンじゃありませんよぉ)
他の面子は、八意の怒りのオーラに気圧されるように後ずさりをしているが、俺もはいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
「おいおい、怒る相手が違うんじゃないのか、八意」
真っ直ぐに八意を見据える。
「怒ってはいないわ。ただ、こうなる前に教えてくれても良かったんじゃない?」
お前の態度が既に怒っているんだがなあ。おお、こわいこわい。
「お前ならそれぐらい気づくと思ったんだがなあ。………それに、打たれる前の自信満々のお前が俺の忠告を素直に聞いたとは思えないな」
「何ですって………!!」
一触即発。
まさにそんな言葉が相応しい雰囲気だ。
「さっきまでのお前さんは、自信に満ちあふれていた。当然だ。自分で考えた攻め方で上手くいっていたんだから」
「っ………」
「だが、お前がそうやって考えたように、当然相手も考える。だから、更にお前は考えなきゃいけない。今回はそれを怠った結果なんだ」
「………」
俺は八意が反論するかと思い、少し間を取った。
だが、八意はぐっと拳を握りしめるものの、次の言葉が口から出てこない。
………言い返さないところを見ると、図星だろうか。
そのまま、沈黙が場を支配する。
………破ったのは、意外なところからだった。
「うーん、面白いわね、キャッチャーって」
そう言ってぽんと手を叩いたのは、蓬莱山だった。
「なるほどね。なかなか深いわ」
「ひ、姫………」
なんか知らんが、一人で勝手に納得してうんうんと頷いている。
「座ってるだけで楽かと思ったら、そんな役目があったのね」
「………お前、それも知らずにキャッチャーやってたんかい」
まあ、そもそも「楽そうだから」という理由で選んでいたのだから、知らなかったのだろう。
そして蓬莱山は、穏やかに笑いながら。
「………永琳、あなたの負けね」
その笑顔に、さしもの八意も毒気を抜かれたか。
「………そう、ですね」
ようやく、苦笑した。
「………ふぅ。まあ、何だ。俺もいきなり言いすぎた。悪かったよ」
「あら。どうしたの、いきなり謝って」
「うるさいな。………俺ァ、どうもこういうピリピリした雰囲気は苦手なんだよ。まあ、あれだ、とにかくキャッチャーは考えることだ」
打者の考えを読み、全体を見て、その時その時のベストの配球を選択する。
これがキャッチャーには常に求められる。
「それが結果として間違うかもしれないが、その時はまた違う配球を選べばいいさ」
俺がしどろもどろになりながらも言いたいことを伝えると、八意は今度はしっかりと頷いた。
………よし、次からはなんとか大丈夫そうだな。
「………で、私はどうすればいいのよ」
声の方を向くと、博麗がぶすっ、とした表情でむくれていた。
「おわっ!!………すっかり忘れてた、すまん」
「………ふぅ。で?次の回、私に打席が回るんだけど、打って良いの?」
バットを持ちながら、肩をとんとんと叩く。
そうか、そう言えばそうだった。
うーん、どうすっかな。
本音を言えば、霧雨あたりを代打に出して見たい気もするが………今回の件で、だいぶフラストレーションも溜まってるだろう。
「よっし。打ってこい!!」
途端に、博麗に笑みがこぼれる。
「おっけぇ〜い。せめて打ってやらないと気が済まないところだったのよ、うふふふふふ………」
博麗、目が怖いぞ、目が。
そんなこんなで3回裏、8番・紅美鈴からの打順だ。
「お願いしますッ!!」
大声で挨拶をする紅。
「………相変わらず気合「だけ」は十分ね、美鈴は」
十六夜が苦笑する。
「確かにな。さっきから見てるが、守備の時も一人気合が違ったな」
まあ、悪いコトじゃないからほっとくが。
しかし。
すぱぁんっ!!
「ストライク!!バッターアウト!!」
「うう………あんなの打てませんよぉ………」
見事に気合が空回りして帰ってきた。
「振り回しすぎだな、お前は。まあ、打撃練習なんてやってないから無理もないんだが」
「じゃあ、次は私ね。覚悟しなさいよフラン………」
不気味な笑みを浮かべて、博麗が打席に入る。
「とても巫女が見せる表情じゃないな」
霧雨がにやにやと笑う。
そうか、博麗の家は神社だったな。
確かに言われてみると、あの顔では神職というより、むしろ丑三つ時に藁人形を打ち付けるタイプに見えてしまうな………
「あはははは、霊夢の顔おもしろーい!!」
「うっさい!!いいから早く投げなさいッ!!」
「よーし、いっくよー!!」
相変わらず、独特のフォームから勢いよくストレートを投げ込むフランドール。
「どりゃあっ!!」
物凄い声がしたかと思うと、博麗が全力でフルスイングを開始した。
というか、およそ花も恥じらう乙女が出す声じゃないが………。
しかし、巫女であることが幸いしたのか、気まぐれな野球の神様はここで博麗に味方した。
カキィンッ!!
レミリアの打席以来、およそ響くことの無かった快音が、博麗のバットから発せられた。
「「おおっ!?」」
思わず全員が総立ちで、打球の行方を見守る。
打球はセンター・犬走とライト・比那名居のちょうど間を襲っていた。
「このっ!!」
犬走が俊足を飛ばして追いすがり、ボール目がけダイビングキャッチを試みる。
「捕ります!!」
「捕るんじゃないわよッ!!」
しかし、わずかに届かず打球は芝生に落ちた。
「よっしゃあ!!走れ博麗!!」
「言われなくても走ってるわよ!!」
既に博麗は一塁を蹴って二塁に向かって激走。
カバーに入っていた比那名居が打球に拾うが、ここで明らかな守備のミスが出た。
内野陣の誰もが、中継に入っていないのだ。
今から中継に入るとなれば、相当なタイムロスになる。
当然、通常なら二塁打のコースも三塁打になろうというもの。
俺は更に博麗に檄を飛ばす。
「三塁行けるぞッ!!走れっ!!」
「こうなりゃとことん走ってやるわよ!!」
二塁を蹴り、猛然と三塁を目指す博麗。
しかし、次の瞬間俺はとんでもないものを目にした。
「このォ………あんまり舐めると痛い目見るわよッ!!」
ギュオンッ!!
比那名居が三塁目がけ矢のような返球を返してきた。
「んなっ!?」
これか!?これのためにわざと中継に入らなかったのか!?
………いや、違う。
ダイレクトで返球する場合でも、絶対に内野は中継に入るはずだ。
(やっぱりこいつら、細かいプレイに関しては素人同然だ………ならば付けいる隙はあるか)
そんなことを考えている間にも、博麗と比那名居の送球との鬼ごっこが続いていた。
が、ほんのわずかだけ、送球が速い。
少しでも送球がずれていれば………俺は願ったが、なんと比那名居の送球はサード・永江へストライク送球。
バシィッ!!
それを永江ががっちりと捕球。
「駄目かっ!?」
思わず俺は叫んだ。
そのまま、タッチに行く永江。
が。
「三塁は貰ったわッ!!」
なんと博麗が、その永江のグローブ目がけてスライディングを敢行した。
「お、おい!!避けろ霊夢!!」
「いや待て霧雨!!まさかあいつ………!!」
タイミングは、間違いなくアウトだった。
しかし次の瞬間博麗は、
「こう蹴ればいいんでしょッ!!」
なんと永江のグローブに足をねじ込んだ!!
ボールが入ったグローブに、足をねじ込むとどうなるか。
当然、グローブは蹴りを受けて変形する。
そしてその中のボールも、蹴りの力を受けて運動を開始する。
バシィッ!!
「ああっ………」
永江が悲鳴をあげる。グローブが弾かれたのだ。
そして、ボールもグローブから離れていく。
「セーフ!!セーフ!!」
塁審の手が二度、両手に広がった。
「や………やったー!!霊夢のヤツ、やりやがった!!」
「まったくな。まさに神のご加護、ってか」
結論から言ってしまうと、博麗がフランドールを打てたのは全くの偶然だった。
まさに「振ったところにボールが飛んできた」のだから。
しかし、永江に対するスライディングは偶然ではなかった。
タイミングは完全にアウトだったが、それを永江のグローブに対してスライディングを入れることで、ボールを零すことに成功した。
これはかなり高度なテクニックだった。
というか、ヘタすれば守備妨害になりかねないほどだったが………。
あいつ、ルール分かってるのかなあ………。
「へえ〜。霊夢も結構やるんだねえ」
フランドールが脳天気に喜ぶ。
「あったり前よ。このままおめおめと引き下がれるもんですか」
ともかく、これで一死三塁。
バッターは射命丸。
「………さて、そろそろ本気で参りましょうか」


あとがき:
なんか永琳ファンには残念な展開になったみたいでごめんよ。
でもね、天才肌のキャラって一度挫折に追い込みたくなるんだよね。
どうみても嫉妬です、本当にありがとうございました。
ただ、それだけだと一緒に落とされてる霊夢があんまりにもあんまりなので、
最後で活躍させてみた。バランス取れてるかね?
しかし試合が進まんなおい。1話で1回終わるかどうかか。
もうちょっとさっくり進ませたいんだけどなあ。いざ書くと詰め込みすぎて困る。


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