東方野球狂 〜Go mad to baseball


第8話


「………分かってるな、射命丸。カメラは俺が預かっている。返して欲しければヒットを打ってくるんだ」
俺は射命丸が先ほどと同じように巫山戯ないように、声をかけた。
だが。
「分かってますよ、監督。………商売道具のためならこの射命丸、真面目にやらせていただきましょう」
「………ッ!!」
ぞくっ、と身震いがした。
こいつ………まるで気合が違う。
それは、射命丸の表情を見れば明らかだった。
その眼はぎらぎらと光り。
これから戦う相手を睨み付け………っておい、なんで俺をそんな怖い眼で見てんだ。
「絶対に取り返しますからね、カメラ………」
いや、その闘争心は別のところに向けてくれ。
「バッター、早く来なさい!!」
ほら、とうとう審判に怒られたぞ。
そこでようやく、ぶつぶつと何か呟きながらバッターボックスに向かう射命丸。
「………「非情!!勝つ為には何でもする恐怖采配!!」………これでいくか」
………何のゴシップ記事の見出しなんだそれは。
しかし、一度打席に立った射命丸はしっかとフランドールを見つめ、バットを短く構える。
「打ちます」
「ふっふーん、打って貰おうじゃない」
ここでフランドールは何と、ワインドアップでの投球モーションを開始した。
普通、ランナーが居る場合はセットポジション………つまり、あまり振りかぶらないモーションで投げる。
それは勿論、ランナーが盗塁するのを防ぐ為だ。
素早い投球をすることで、盗塁のチャンスを与えない。
野球を少しでもかじった者ならば、常識中の常識だ。
だが、そんなものなど知らないかのように思い切り振りかぶったフランドール。
(………やはり、こいつらは身体能力・センスだけで野球をやっている)
だが、その身体能力だけでここまで結果を出されるとは思わなかったけどな。
「それっ!!」
フランドールの快速球が、先ほどと同じように襲いかかる。
「速さだけなら………私も負けていませんよッ!!」
カキィンッ!!
「えっ!?」
短く持った射命丸のバットから快音が響いた。
鋭くバウンドした打球は、あっという間に一、二塁間を抜けていく。
「へえ、文も結構やるじゃない」
博麗は打球の行方を確認し、ゆっくりとホームイン。
打った射命丸はそのまま二塁へ………って、二塁だと!?
ライトの比那名居が捕球する頃には、既に射命丸は一塁を蹴っていた。
「なんちゅうスピードだ………っつか暴走にもほどがある」
だが、強肩の比那名居からボールが返ってくる頃には、射命丸は悠々と二塁に到達していた。
「………ま、こんなところでしょ」
打った射命丸は、セカンドベース上で涼しい顔をして立っていた。
「おー、まぐれも二回続くとすごいねえ」
伊吹を始め、大方そんな感想を口々に述べていた。
(………おいおい、偶然なものか。射命丸のやつ、狙ってフランドールの速球を叩きつけやがった)
つまり、それをなし得るだけの選球眼、スイングスピードを持っていることになる。
しかし何より俺が驚いたのは、「足」だ。
勿論、射命丸の快足は既に何度か見ていたが、ボールを打った後の走塁に移るスタートは一層速かったのだ。
走塁に移るのが速ければ速いほど、当然一塁に到達するのは速くなる。
つまり、内野ゴロを打っても、一転内野安打になる可能性が高くなると言うわけだ。
また、走り始めてからトップスピードになるまでの時間もかなり短い。
まさに、理想的な一番打者だ。
「監督ー!!約束通り、カメラは返して貰いますよ!!」
………あの自由すぎる性格さえなんとかなればいいが。
しかし、このヒットで5−2。3回というイニングを考えればまだまだ追いつける点差だ。
そして、続く打者は。
「出番だぞ、八意」
「ええ」
二番・キャッチャー八意永琳。
「時に、さっきの言葉………信用していいんだな?」
「さっきの………ああ。「次は打てる」ってやつ?」
「そ。まあ、過度な期待はしないけどな」
敢えて俺は、軽く突き放すように言う。
「ふふ、信用無いわね。………まあ、見ていなさいな」
軽く2,3回スイングすると、バッターボックスへと向かう。
じっとその様子を見ていると、横から蓬莱山が顔を近づけてきた。
「賭けてもいいけど、打つわよ、永琳は」
「ほう?」
にや、と蓬莱山は笑い。
「貴方には分からないかもしれないでしょうけど。あんなに燃えてる永琳は久しぶりに見るわね」
「それって俺がさっき焚きつけたのも原因なのかね………」
「ふふ、さあねえ。まあ、とにかく期待していいわね、今の永琳は」

「悪いけど、打たせて貰うわよ」
握ったバットの先を、ぴたりとフランドールに向けて八意は宣言した。
「うぅ〜………もう打たせないよ!!」
さすがに二者連続安打は響いたのだろう、フランドールの声に余裕が感じられなくなってきた。
「死ねー!!」
何か物騒な言葉を吐きつつ、八意に向かって投げ込む。
と。
「隙だらけですよ〜」
一陣の風がセカンドベースからサードベースへと通り抜けた。
否、射命丸が盗塁をしていたのだ。
「ストライク!!」
八意は射命丸が盗塁したのを見て、ボールを見送る。
「くっ!!」
ボールを受け取ったレティが慌ててボールを転送するが、射命丸はノースライディングで悠々と三塁に到達していた。
「ふっふっふ………こと速さにかけてはこの射命丸、皆さんのいる場所は既に2000年前に通過した場所だと言っておきましょう」
それ何の格闘漫画ネタだよ。
ともあれ、これで一死三塁。またしても絶好のチャンスだ。
「うぅ〜………」
フランドールは先ほどから唸っている。
明らかに、頭に来ている。
そりゃそうだ。俺だってあれだけ走り回られたら意識せずにはいられない。
「あ゛ーーーも゛ーーーー!!お前走っちゃダメ!!」
「ふふふ、妹様には申し訳ありませんが、それは聞けぬ相談です」
しゅばばっ、しゅばばばっ。
そういいながら、にやにやと離塁と帰塁を高速で繰り返す射命丸。
………はっきり言って、うざいことこの上ない。
誰かが、「うぜぇ丸」と言った気がしたが気にしないことにする。
「………これで業を煮やしたフランドールが、牽制球を射命丸に投げつけて、それが暴投になってくれれば、労せずして1点取れるんだけどなあ」
「それって「捕らぬ狸の皮算用」って言うんじゃないの?」
博麗の言葉に、まあその通りだな、と思う。
だが、そんな俺の皮算用は、13秒後に成立することとなる。
「はい、ホームイン、っと」
軽やかな足取りで、射命丸が3点目のホームを踏んだ。
その後ろでは、転々と転がるボールを、永江が慌てて捕りに行く姿が映っていた。
「………事実は小説より奇なり、ってこういうことを言うんだな」
「これも私の日ごろの清く正しい行いによるものですね。さ、カメラ返してください」
どの口が言うか、こいつ。
とはいえ、結果を出されては返さざるを得ない。
「ほれ。………言っとくが、今後もカメラにかまけてプレーがおろそかになったら、また没収するからな」
「おお、こわいこわい、怖いですねえ。まあ、善処しますよ。毎回カメラを奪われちゃ商売あがったりですからね」
俺から渡された、やや時代がかったカメラを大事そうに首にかける。
さて、収まりが付かないのはフランドールの方だ。
当然だろう。ちょこまかちょこまかと動き回られて、挙げ句の果てにノーヒットで追加点を献上してしまったのだから。
「くっそぉ………もう怒ったよ!!ギッタンギッタンにしてやるんだから!!」
「………すげえ」
思わず俺は呟いた。
「?何が凄いんですか?」
魂魄がきょとんとした顔をする。
「いや、何がすごいって、今時「ギッタンギッタン」なんて言葉使うヤツがいるんだなあ、って」
「あ………そ、そうですか………」
え、なに、なにそのガッカリした顔。
「全く………もう少しエレガントに振る舞えないのかしらね、我が愚妹は」
隣では、レミリアが半ばうんざりした表情でフランドールの方を見つめている。
「おお、手厳しいな。とはいえ、あれだけ引っかき回されちゃ怒るのも仕方がない。………ま、贅沢を言えば、一気に同点に追いつきたいところなんだが」
「そう。………ひょっとしたらその贅沢、叶うかもしれないわね」
「え?」
俺がレミリアの方を向いた瞬間。
カキィィーンッ!!
痛烈な打撃音が響く。
「んんっ!?」
見れば、八意がバットを放り投げ、一塁へと駆け出すところだった。
ボールはピッチャー・フランドールの足下を抜けてセンター前へ。
「あいつ………有言実行しやがった」
見れば、八意が一塁ベース上で小さくVサインを作っていた。
やはり、初ヒットが嬉しいのだろう。いつもの澄ました仕草からは想像できなかった。
「クク………舞台が整ってきたわね」
レミリアがバットを持った。
「舞台?」
俺がオウム返しに訊くと、
「そう。………貴方のささやかな贅沢を叶える舞台よ」
おい、まさかそれって………
打席には3番・藤原が入っていた。
「よし、来いッ………!!」
気合十分に、身を乗り出すようにして構える。
一方、フランドールは文字通り「キレ」ていた。
「なんでッ!!なんで打たれるのよ!!」
ばしぃっ!!
怒りに任せ、グローブをマウンドに叩きつける。
「こんなはずない………!!こんなはずじゃ………!!」
ぶつぶつと何かを呟き、打席の藤原をぎりりと睨み付ける。
「そうだ………これなら絶対打たれない………!!」
何かを思いついたのか、にや、と笑うフランドール。

………ぞくっ!!

なぜだかその笑みに、背筋を冷や汗が伝った。
なんだこれ、ものすごく嫌な予感しかしないぞ………?
振りかぶるフランドール。
………そう言えば、フランドールの視線がどこかおかしい。
普通、キャッチャーミットを目がけて投げるのだから、視線はミットに向いてるはずだ。
それなのに………藤原をずっと見ている………まるで、


藤原目がけて投げるかのように。




あとがき:
やっぱり点が入るシーンを書くのが一番動きがあって楽しいよ!!
さて、今回は自由すぎる射命丸を真面目に書いてみた。
「絵に描いたようなうさんくさい、でも結果を出す一番打者」って、なんかいいよね。
ああそうだ、「コイツが出番少ないぞ!!」とかあれば、ある程度リクエストには応えられると思うのでよろしく。

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