東方野球狂 〜Go mad to baseball


第14話


「え………」
「なんだと………!?」
「う〜ん、何をやったのかしら、永琳は」
ベンチで一部始終を見ていた三人は、いずれも唖然としていた。
無理もない。見ている分には、単にストレートで三振しただけなのだから。
それも、今まで軽々と打てていたストレートを。
「うん、やっぱり予想通りだったか」
俺はその結果に満足し、うんうんと頷いた。
「どういうことだ………幽香はただストレートを投げただけではないのか?」
先ほどの俺の台詞である「ストレートでも変化球でもない球」と食い違う結果に、疑問の色を隠せていない上白沢。
「………そうだ。決め球はストレートだ。ただし、普通のストレートじゃない、「全力投球の」ストレートだよ」
「全力投球って………それじゃ、今まで幽香が投げてた球と全く変わらないじゃない」
「とんでもない。大きく変わるんだよ。いま、それを説明してやる」
………。
「何故だ………!?」
「何故?ストレートに振り遅れただけじゃない」
「そうじゃない!!何故あんなに速いストレートが投げられた!!」
バッターボックスでは八坂が納得出来ないで居た。そりゃそうだ、今まで打てた球と全然違う、「と思っている」んだから。
「………悪いけど、それは教えられないわ」
………そうだな、これは一種のマジックだ。マジックの種明かしをわざわざする奴はいない。
では、その種明かしをしよう。
とは言ってもそれほど難しい話ではない。
風見はストレートしか投げられない。
しかし八坂は風見の速球に軽々ついて行けるスイングを持っている。
ならば、もっと速い速球に「見せ」ればいいのだ。
そのために、わざわざ少しずつ球速を落とした球を八坂に投げていたのだから。
「え………じゃあ、全力投球じゃなかったのかよ!!全然気づかなかったぜ」
「そう。ここが一番のポイントなんだ。あからさまに遅い球だったらすぐにバレてしまう。
 かと言って全力投球では、スイングスピードを修正した八坂にホームランを打たれてしまう。
 口で言うのは簡単だが、実際にやるのはかなり難しい。それでもやらないよりは可能性があったからな」
そうすることを繰り返し、球速を知らず知らずの間に落とし、十分に全力投球との速度差が付いたところで………
「“本当の全力投球”をお見舞いする………って寸法だ」
「なるほど………どうりで彼女が嫌がるわけだ」
皆、納得したように頷く。
しかしこれで、山場だった代打の場面は切り抜けた。
「ストライィク!!バッターアウト!!」
次打者・比那名居も三振に切って取り、風見−八意のバッテリーは、見事にこの回を抑えくれた。
「ナイスピッチングだ。よく我慢して投げてくれたな、風見」
マウンドから降りてきた風見を、俺は満面の笑みで出迎えた。
「よく言うわよ。手の込んだ芝居まで見せてくれちゃって」
「はは、まあそう言うな。でも気持ちがいいだろ、作戦通りに相手がハマってくれるのは」
「それは………………癪だけど、今回は同意しておくわ」
さすがに、認めたか。
しかし、今回はうまく騙せたが………また次も上手くいくとは限らないだろう。
やはりストレートだけでは限界がある。
頃合いを見て、変化球を覚えさせなきゃな………

6回裏のマウンドには、3番手であるメルラン・プリズムリバーが上がっていた。
八坂は一打席限りでベンチに退いている。
………正直、助かった。次の打席は抑えられるか不安だったからな。
「ほっ!!」
パァンッ!!
そのメルランだが、フランドールや風見にはやや及ばないが、それでも標準の高校生から見ればかなり速いストレートを左腕から放つ。
………改めて感じるが、レベル高ェなおい。
ウチの県ってこんなにレベル高かったか?
それに対し、こちらの打席には4番・伊吹。
守備から入っているため、これが初打席となる。
さて、どんなバッティングを見せてくれるかな………
「プレイ!!」
四季映姫審判のかけ声で6回裏が始まった。
「さぁ、どっからでもおいでよ。叩き潰してあげるから」
「打たせないわよ………はっ!!」
メルランのストレートは、外角高めに向かっていく。
見たところ、力のありそうなストレートだ。生半可な力では球威に押されるか………?
「でぇぇりゃあああっ!!」
が、人一倍気合が入った声がしたかと思うと、伊吹がこのボール球を打ちに行った。
ギギャァァンッ!!
八坂の時とはまた違った打球音がした。
まさに弾丸、と呼ぶべき打球が、センター方向を襲う。
「な、なんですかこの球っ!?」
センターの犬走が驚愕している間に。
ずがんっ!!
………バックスクリーンに打球が直撃した。

「………またえらくあっさりと同点に追いついちまったな」
「なんで?いいじゃんそれで」
………まあ、いいんだけど。
続く打者は5番・八雲。
ここまでノーヒットなだけに、人一倍気合が入っているようだ。
「何としても………打たなければ」
あーあ、ガチガチに力はいっちゃってるぞ。
あれじゃ打てる球も打てないかなあ。
「うーん、この人なら抑えられそうね〜」
「むっ………その言葉、そのまま返してやろう!!」
おいおい、挑発に乗って尚更力むなよ。
「藍さまー!!がんばってくださーい!!」
「お、おおっ!!橙のためにも打つぞぉっ!!」
………橙の応援で、更に力んでしまった。
なんか今にもバットを握りつぶさんばかりだなあ。
「行くわよ〜………ッ!!」
ビュンッ!!
伊吹に打たれたショックをまるで感じさせない、先ほどと同じようなストレートが飛び込んでくる。
「うおおおおっ!!」
気合が入りすぎている八雲が、その球を迎え撃つ。
………って、それ滅茶苦茶なボール球なんだけど、それ振っちゃダメだろ。
キンッ!!
案の定、八雲の放った打球は、ふらふらと力無く上空へ上がった。
だが、これは………
「ヒットね」
俺が言うより早く、八意が口を開いた。
そして、その声に合わせるかのように。
ぽてんっ
間抜けな音を残して、ボールはショート・東風谷とレフト・リリーホワイトのちょうど中間地点に落ちた。

「やった………!!」
八雲が一塁ベース上で両の手で握り拳を作っていた。
「やれやれ、まさに結果オーライと言ったところか」
思えば、第2打席ではまぐれ当たりとはいえ、ルナサのカーブをジャストミートしていた。
しかし永江のファインプレーにより、八雲はヒット1本損していたことになる。
………完璧に捉えた打球が野手の正面に行くこともあれば。
完全に打ち取られた打球が誰も守っていないところに行くこともある。
「だから野球は面白い………そういうことね」
「おいおい、人のセリフを取るなよ、蓬莱山」
「ふふふっ、だんだん興味をそそられてきたわ。………ねえ、次の守備から私も出てもいいかしら?」
「ほう………?ベンチで座っている方が楽だったんじゃないのか?」
「それは言いっこなし。やる気が無いよりあったほうがいいでしょう?」
それは、確かにな。
加えて、そろそろベンチ入りメンバーと入れ替えをしていかないと、力を試すことも出来ないことも事実だ。
「………わかった。ただし、お前を出したら他に捕手はいない。途中で飽きても代えられないからな」
「ふふ、分かってるわよ。そこまで私も怠け者じゃないわ」
そう言い切る蓬莱山の目は、既に「選手」の目をしていた。
上等だ、どこまでやるのか見てみようじゃないか。
カキィンッ!!
打球音がした。
次打者の魂魄がメルランのストレートを思い切り叩いたのだ。
鋭いゴロがショート・東風谷を襲う………が。
バシィッ!!
「穣子さんッ!!」
流石に内野の要・ショートを守るだけある。
東風谷は難なくボールをグローブで掬い上げ、すぐさまセカンドの秋へ送球。
バシッ!!
「任せて!!」
セカンドベースを踏みながら、秋がボールを受け取る。
「アウト!!」
「小町さん!!」
そして振り向きざま、小野塚のいるファーストへ送球する。
「よっ………と!!」
これを小野塚がミットを精一杯伸ばしてキャッチ。
「アウトッ!!」
………模範的とも言うべき、見事な連携プレーだった。
「うひょう。非の打ち所がねえなァ、いいプレーだ」
思わず、俺はつぶやいていた。
「敵のプレー褒めてどうすんだよ、監督」
「ああ、すまんすまん。でも良いプレーに敵味方も無いと、俺は思うがね」
「ふーん、そういうもんなのか」
「それに、参考になるだろ?」
まーな、と霧雨が答えている間に、次打者の十六夜はセンターフライに打ち取られていた。
6回裏、終了である。
残るイニングは、あと3つ。


伊吹のホームランで同点に追いついた7回表。
ここで、俺は大幅な選手交代に出た。
もちろん、目的は選手の力量を測るため。
この現状で、どこまでやれるのか。それを見てみたかった。
特に………俺の考えを間近で聞いていた蓬莱山の動きは興味深い。
「結構面倒くさいわねコレ………着けなくてもいいかしら」
その蓬莱山は、レガースの装着に手間取っていた。
「あのなあ。ケガしても知らんぞ」
「あら、こう見えても私は丈夫なのよ」
「丈夫だろうがなんだろうが着けろって」
しょうがないわねえ、と言いながら慣れない手つきで防具を嵌めていく。
ちなみにここで、誰を交代したか紹介しておこう。
ピッチャー:風見→ミスティア
キャッチャー:八意→蓬莱山
ショート:十六夜→鈴仙
サード:魂魄→上白沢
レフト:八雲→橙


このイニングの見所は、やはり蓬莱山がミスティアをどれだけリードできるか、だろう。
ストレートに威力のある風見と違い、ミスティアは変則投法と多彩な変化球で勝負する投手だ。
その分、スピード・球威は無い。つまり、打者に球種を読まれてしまっては長打を打たれやすくなる。
よって、ミスティアを生かすも殺すも蓬莱山のリード次第、ということになる。

「さあ、締まっていくわよー!!」
蓬莱山が、野手全員に声を掛ける。
おお、なかなかサマになってるじゃないか。
「さて、お手並み拝見、ね」
俺の隣には八意が座っていた。
「おう、お疲れさん」
「ええ、本当に疲れたわ。誰かさんのおかげでね」
………そこで何で俺を見る。
「ふふ、冗談よ。いい勉強になったわ」
「そりゃ何よりだ。………さて、疲れているところ悪いが、もう少し勉強して貰おうかな」
「あら、今度は何をさせる気?」
「なに、簡単なことだ。蓬莱山のリードを見ておけばいい」
そして、「なぜ、この球を選んだのか」「自分ならどうリードするか」を考える。
こうするだけでも、かなり勉強になる。
「監督。我々も、それをした方がいいんですか?」
「いい質問だ、魂魄。………結論から言えば、した方がいい。なぜだか分かるか?」
「え?………うーん」
腕組みをして考え出した。
他の者も一様に頭を悩ませていたが、その中で。
「簡単なコトね。キャッチャーの考えが分かれば、次にどんな球が来るか予測できる。………つまり打ちやすくなる」
言いながら姿を見せたのは、アリス・マーガトロイドだった。
「ご名答、さすがだ。………ところで、ウォームアップは終わったか?」
「まあね。いつでも行けるわ」
軽くウインクしてみせる。
よし、これで後ろの準備も完了ってわけだ。
残る投手はミスティア、アリス、そしてパチュリー。
この3人に7,8,9回は任せるつもりでいる。
だが、もし誰かが集中的に打たれたりした場合は、早めに交代することも考えてある。
そのために、アリス・パチュリーの両名にはウォーミングアップを指示しておいたのだ。
「なるほど………確かに相手の考えが分かれば、狙って打つことが出来ますね」
「それに、対応もしやすい………うむ、理屈だな」
まあ、実際に相手の考えを読むのは相当難しい。
相手投手の持ち球、得意球、そして捕手の性格・癖………等々、要素は色々ある。
これらを総合的に考えて、初めて球種を読むことが出来るのだ。
………まあ、そんな完璧な人間はまずいないが。
もし実際に相手の考えを100%読める人間がいたら、相当有利だろうな。

「プレイ!!」
「おっし!!今度こそ、打たせてもらうよ!!」
そう言って出てきたのは、6番・小野塚。
「また性懲りもなく長いバットを………って、おい!?」
思わず、口をあんぐりと開けてしまった。
元から長かった小野塚のバットだが、この打席はさらに長い。
目測だからはっきりとは言えないが………1メートル以上はあるだろうか。
いくらなんでも女子野球で1メートルバットとか、聞いたことがない。
「これぐらいの長さじゃないとねえ、思いっきり振り回せないってもんさね」
………なんだかとんでもないことを言っている気がする。
しかし実際問題、振り回せるのだろうか。
思い返してみると、小野塚はここまで一度も素振りをしていない。
素振りなどしなくても振れる、という自信か、それとも………。
「早速、キャッチャーの腕の見せ所がやってきたわね」
八意が、少し意地悪そうな笑みをこぼす。
………初守備からこれかよ、蓬莱山も大変だな。
俺はベンチに座り直した。
さて、どう攻めるかな、蓬莱山は。
「ここはやっぱり、外角低めで様子見だぜ」
いきなり発言したのは、霧雨だった。
「外角………か。どうしてそう思った?」
俺の問いに、霧雨は胸を張って。
「だって、さっき監督が言ってたじゃないか。「様子見のために外角低めへ投げる」って」
………ああ、フランの初打席の話だな。
確かに、通常であれば外角低めは打者から見て一番遠い位置にある。
だから、困ったらそこへ投げれば長打を打たれる確率は減る。
だが。
「なに言ってるの魔理沙。ここは逆に内角に投げるべきよ」
再び、アリスが意見を出した。
「おいおい、打者との距離が近い内角に投げてどうするんだよ。打たれちまうだろ」
霧雨も負けてはいない。
俺から言われたことだから間違っていないはず、というのが根拠なのだろう。
「まあまあ、落ち着け。アリスは、なぜ内角だと思った?」
まずは、理由を聞いてからだ。
「一番の理由は、小町の持つバットね。はっきり言って、かなり長い」
「そうだな。あんな長さのバットは男子野球でも滅多に見られないぞ」
プロでもそうそう無いんじゃないのか、あの長さ。
「加えて、バットというのは芯に当てれば飛びやすくなるもの。そしてその芯は、バットの先に位置している」
アリスは理路整然と説明していく。
先ほどまで突っかかっていた霧雨も、うんうんと頷いている。
「そう、あれだけ長いバットなら、芯には却って外角の方が当てやすいのよ。内角の球を芯に当てようとしたら、すごく窮屈な姿勢で打つ羽目になるわ。だから内角に投げるべき、分かった?」
そこへ、黙っていた八意がフォローを入れる。
「………私も、アリスの意見に賛成ね。敢えて付け加えるなら、小町の立ち位置かしら。ホームベースいっぱいに立っちゃって、あれで内角に投げられたらどうなるのかしらね、ふふ」
うん、ここまで言われてしまっては俺が言うことは何もない、な。
「………そっか、いつでも外角低めに投げればいい、ってわけじゃないのか」
なるほど、と霧雨はひとつ大きく頷いた。
「でもアリス、やけに詳しいな。どうしたんだいったい?」
「え!?………べ、別にいいじゃない。こ、これぐらい常識よ、常識」
霧雨に質問されたアリスが、不自然なほどに慌てて答える。
………気のせいか今、後ろ手に何か隠さなかったか?
「えーと、なになに………『1週間で分かる野球入門』ね」
「ひゃわっ!?」
いつの間にか、アリスの後ろに因幡が回り込んでいた。
そして、恐らくは後ろ手に隠していたのであろう本のタイトルを読み上げる。
なるほど、予習か。
「あ!!ずるいぜアリス、先に勉強しておくなんて。私にも貸してくれよ〜」
「な、何よ!!いいじゃない私の勝手でしょ!!それにあんたに貸したら二度と戻ってこないでしょうが!!」
「いやいや、だからいつも言ってるじゃないか。死んだら返すって」
「いつの話よ!!」
「………落ち着け二人とも。たいして広くもないところで騒ぐな。まあそれはともかく、内角攻めは賛成だ」
まさに先ほどアリスと八意が言った理由の通りだ。
「あとはバッテリーがそれに気づくがだが………お、気づいたな」
その言葉通り、蓬莱山は内角寄りにミットを構えた。
「そ〜♪れ〜♪」
上体を屈めたミスティアの右手が、地上を這っていく。
ビュッ!!
角度を付けたストレートが、狙い通り内角を抉るように飛んでいく。
「うわっと!!」
ブンッ!!バシッ!!
「ストライク!!」
内角に来る球を無理に踏み込んで振るが、当然のように当たらず空振りでワンストライク。
しかし………今の小野塚の振り、良いスイングだったな。
続く構えは………再び、内角だった。
「さあ〜♪打てるかしら〜♪」
ビデオのリプレイを見ているかのように、同じようなストレートが、同じような場所へ向かっていく。
「くっ………このォッ!!」
ブゥンッ!!
「ストライィク、ツー!!」
………小野塚の空振りまで、全く同じだった。
「へ〜ぇ。面白いように空振りするわね、くししっ。これなら次も同じ球でいいんじゃないの?」
因幡がこの様子を、おかしそうに笑う。
「それは………危険ね」
後ろから、蚊の鳴くようなか細い声が聞こえた。
「パチュリーか。お前もウォーミングアップは終わったようだな」
「まあ、ね。それにしても、思ったより重労働だったわ………」
見れば、肩で息をしていた。
しかも時折「ぜひー………ぜひー………」という息づかいが聞こえる。
………どう見ても喘息の症状じゃねえかこれ。
「………無理しなくていいぞ。倒れられたら叶わん」
「………次からはもっと消極的にウォーミングアップするわ」
消極的なウォーミングアップってどんなだ。
「それはそうと、「危険」ってのはどういう意味だ?」
「………それを私の口から言わせる気?気づいてるくせに」
おっと、お見通しってわけか。
そこで周りを見ると………。
八意、アリス、十六夜、レミリアあたりは同じように気づいているようだ。
皆一様に、なるほどね、という表情をしている。
「で、霧雨はずっと俺のそばにいながら「分からん」って顔してるな」
「え゛!?い、いやあ、そんなことないぜ」
そんな嫌な汗だらだら流しながら言っても説得力ないなあ。
「………分からん奴は、この打席を見ておけば分かる。内角に投げたらどうなるのか、な」
蓬莱山がミットを構える。
「………内角だ」
誰かが呟いた。
3球目も、同じ内角。
そのコースへ、またも角度のあるストレートが突き進んでいく。
その時だった。
「そう何度も同じ手を………食らうもんかいッ!!」
カキィィィンッ!!
小野塚のバットが一閃し、打球が高々と舞い上がる。
「えええっ!?」
霧雨が驚きの声を上げ、打球の方向を見やる。
「これは………いったわね」
そんな八意の言葉と同時に、外野スタンドにぽーん、とボールがはねたのだった。
「いよっしゃー!!」
打った小野塚は、まだバッターボックスで雄叫びを上げていた。
「………小町、嬉しいのは分かりますが、早く一周してきなさい」
四季映姫審判にせかされ、ようやくスキップでベースを回り始める。
「あーあ、せっかく同点に追いついたのに。また突き放されちゃった」
因幡があからさまにがっかりそうな顔を見せる。
まあ、取られちまったもんは仕方ない。
………それよりも問題は、初めての打者にいきなりホームランを浴びて動揺しているだろうミスティアを、蓬莱山がどうリードしていくかだ。
次の打者は、秋穣子。
「こ………これなら打ちやすそうね。よし、来なさい!!」
「うう〜………まだまだ〜………これからよ〜………」
まずい、ミスティアは明らかに動揺している。
投球モーションも、どことなく落ち着きがない。
パシィッ!!
「ボール!!」
さっきと比べて、力のない球がミットに収まる。
加えて、蓬莱山の構えたところとはまったく違うところへボールが行ってしまっている。
このままズルズル行くと、大量失点に繋がるな………代え時を考えるとするか。
「そういえば監督さ、結局のところ、小町は何で内角の球を打てたんだ?」
思い出したように、霧雨が聞いてくる。
「何でって………お前、小野塚が打った時のシーンを見てなかったのか?」
「いや、見てたけどさ………何が起こったのかさっぱりだぜ」
「他の者は?」
振ってみるが、皆一様に首を横に振るばかり。
(無論、先ほど「分かっていた」連中は別だ)
「そうだな………小野塚が、さっきまで内角を打てていなかったのは何でだ?」
「え?何でって………体の………ぎりぎりのところまでボールが来ていたからだろ?」
先ほどのシーンをなんとか思い出しながら、霧雨が答える。
「その通り。というか、小野塚がホームベースいっぱいに立っていたからだな」
当然、内角に投げれば体に近いところを通ることになる。
「ホームベース側に立っていたことが問題ならば………もっと外側に立てばいい。それだけの話だ」
「あッ………!!」
そうか、という顔をした者が何人かいた。
「外側いっぱいに立てば、内角の球も普通に打てるようになる。………ま、普通はバットが届かないんだが」
小野塚だからこそ、打てた球だと言うべきだろう。
「………同じ球を3球とも続けていい状況というのはそうそう無い。お前たちも覚えておけよ」
「ボール!!フォアボール!!」
そんな俺の言葉に合わせるかのように、四季映姫審判がフォアボールの宣言をしていた。

「もう!!ちゃんと構えたところに投げなさいよ!!」
「な………投げようとはしてるわよ〜………」
マウンドでは、蓬莱山がミスティアを責めていた。
腕組みをし、右足をせわしなく足踏みさせていることからも、だいぶ苛立っているようだ。
ふと横を見ると、八意が明らかに「あちゃー………」という表情で額を押さえていた。
無理もない。
キャッチャーは守りの要、常に冷静沈着であることが求められる。
それがどうだ、今の蓬莱山は。
「やっぱり変わらない方が良かった気がしてきたわ………」
「まあ何事も経験だ。いきなり100点満点なんて期待してないさ」
………とはいえ、ミスティアも初登板がこれではかわいそうだ。
何かしら言葉をかけるべきか………?
「こら、そこのバッテリー!!いい加減試合を進めなさい!!」
ああ、先に四季映姫審判のおしかりが飛んだか。
蓬莱山はまだ何か言いたそうだったが、「次はちゃんと投げなさいよ!!」の言葉を残して戻っていった。
………そんな半分脅しみたいな事を言われて、ちゃんと投げられるわけないだろう。
ミスティアの立ち方一つ見ても、完全に萎縮しているのが見て取れた。
対するバッターはレティ・ホワイトロック。
「ううっ………な、投げればいいんでしょ〜っ!!」
覚悟を決めたミスティアが、身体を深く沈めた。
………一塁ランナーの秋穣子の身体が、流れるように二塁へと向かったのはそれとほぼ同時だった。
「ランナー走ったぞぉっ!!」
咄嗟に、俺は声を出す。
しかしミスティアの手から放たれたボールは、ストレートと言うにはおこがましい速度だ。
パシッ!!
「ストライク!!」
レティはこれをじっくり見送って、まず1ストライク。
しかし、その間に秋穣子は二塁へと猛ダッシュ。
これは………どうやっても間に合わない。
「蓬莱山!!投げ………」
「投げるな」と言おうとして、俺はその言葉が遅かったことを悟る。
「それッ!!」
キャッチャーの理想の送球姿勢とはかけ離れた姿で、二塁へと送球する蓬莱山。
それにより投げる角度も悪くなったのだろう、二塁のカバーに入った鈴仙が手を伸ばしても全く届かない位置にボールは飛んでいく。
しかし、すぐにセンター・射命丸が快足を飛ばして追いついてボールをキャッチしていた。
二塁に滑り込んだ秋穣子は、三塁を伺おうとした足を慌てて二塁へ戻す。
「ふぅ………危ない危ない」
今のプレーでは、キャッチャーは投げるべきではなかった。
それほど、秋穣子は二塁へ近づいていたからだ。
それを考えず、無茶して二塁へ送球した蓬莱山。
たまたま射命丸が追いついたから良かったものの………本来なら一気に三塁にまで行かれていた可能性もあった。
………まあ、この辺は経験不足によるところだから、仕方ないと言えば仕方がない。
と思っているのは俺だけで、当事者たちはそれどころではなかった。
「ちょっと〜、さっきまで偉そうな事言っておいて、自分だってちゃんと投げられてないじゃないの〜」
ここぞとばかりに、ミスティアが言い返す。
だが蓬莱山も負けてはいない。
「あら、ずいぶんな言いようね。そもそもあんな遅い球を投げるから簡単に盗塁されちゃったんじゃないの!?」
「んなッ………!!そんな言い方はないじゃない〜!!」
ああマズイ、ミスティアまでキレちまったら収拾つかないぞ。
それにあの四季映姫審判のことだ、下手すれば二人まとめて退場処分になりかねない。
その四季映姫審判は、殺気を含んでいるかもしれない視線を二人にぶつけながら、ぶつぶつと何かを呟いている。
「………そもそも試合中に口げんかなど………そう、貴方方は独善的すぎる………まとめて退場するのが唯一積める善行………」
あ、やばい。これ説教のリハーサルだ。本番が来る前になんとかしないと。
そう思い、俺はひとまずタイムをかけようと立ち上がった。
「タイム!!」
………しかし、声を出したのは俺ではなかった。
「八意………どういうつもりだ」
「たぶん、考えてることは一緒だと思うわ」
………つまり、蓬莱山をどうにかさせること、か。
「何か良い案があるのか」
「案、ってほどでもないけど。ただ、とりあえず輝夜を大人しくさせないとね」
そして俺にこそこそと耳打ちをする。
四季映姫審判がやってきた。
「一刻も早くあの寸劇を止めなさい」
おっと、開口一番それかよ。
「まあまあ、任せてください。………その前に選手の交代をしたいのですが、構いませんか?」
「それで「アレ」が止まるのであれば、良いでしょう」
よし。
「八意。お前の案、気に入った。いただくぞ」
「あら、言ってみるものね。お褒めにあずかり光栄だわ」
よく言うよ、あれだけ自信満々な顔をしておいて。だが良い案には変わりはない。
「………ピッチャーのミスティアをレフトに、レフトの橙をライトに。伊吹はベンチに下げてください。空いたピッチャーにはアリスを入れます。………それから、伝令を」
メモを取りながら、時々頷く四季映姫審判。
「了解しました。では、試合の迅速化のためにも早めに伝令をお願いします」
「ありがとうございます。………さて、八意」
「もちろん、私が伝令に行くわよ。輝夜にはしっかり釘を刺しておくわ」
「はは、程々にな。………そしてアリス。ちょっと早い登板になっちまったが、いけるか?」
アリスは自分の右手を握っては開き、握っては開きを繰り返していたが、こちらに顔を向けると不敵に笑った。
「当然よ。投球術ってやつを見せてやるわ」

あとがき:
大幅な守備交代でわけわかめ。一応打順は変えてないつもり。
スコアボード的なやつも必要かな、ここまで変えちゃうと。
あと、普通の内野ゴロゲッツーの描写を今までしてなかった気がするからやってみた。
実際の試合では当たり前すぎる光景なのにね。
そして最後の守備交代は、「遠山−葛西−遠山」のリスペクトのつもり。
分かる人だけ分かってくれれば幸い。
いつもどおり、感想・意見・いろいろあればよろしくー。

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