東方野球狂 〜Go mad to baseball


第15話


ライト:伊吹→橙
レフト:橙→ミスティア
ピッチャー:ミスティア→アリス

八意が提案したのは、この守備交代だった。
そしてその意図を、八意は伝令として蓬莱山に伝えている。
先ほども言ったように、守備の要であるキャッチャーが感情的になっているようでは抑えられる打者も抑えられない。
おまけにミスティアは、リードに支えられてこそ力を発揮するピッチャーだ。
そのリードが期待できないとなると………「自分で考えて投げられる投手」が必要となる。
その役目に相応しいのは、現時点ではアリス以外にいない。
そうして蓬莱山をひとまず落ち着かせ、改めてミスティアに投げさせよう………それが、八意の意図したところだった。
ちなみにその間、蓬莱山には「ボールを受けて貰うだけ」になる。
本来投手を引っ張るはずの捕手がまるっきり逆の立場になってしまうため、蓬莱山は納得いかないかもしれないが………。
その辺はまあ、伝令係の八意がなんとか説得してくれるだろう。
それと気がかりなのは、レフトに置いたミスティアだ。
勿論、ミスティアにレフトの守備練習など一度もさせたことがない。
「監督〜、私どうすればいいの〜?」
「とりあえずフライが上がったら後ろに下がっておけ!!最悪後ろに逸らさなきゃそれで十分だ!!」
外野の難しいところはやはり、打球判断だ。
フェンスに当たったクッションボールの処理もそうだが、なによりフライの落下位置の予測が重要だ。
この予測が速く・正確であるほど、守備範囲は広くなる。
だが、ミスティアにそこまで求めるのは酷というものだ。
せめてフライを後ろにそらすというポカさえ犯さなければそれでいい。
と、八意が小走りで戻ってきた。
「よう、説得は出来たか?」
俺の問いに八意は何も言わずニヤリとし、顔をホームベースへと向けた。
見ると、「ぶすっ」としたまま、アリスの投球練習の球を受けている蓬莱山がいた。
………説得というか、強引に説き伏せたと言った感があるが、まあ気にしないでおこう。
さて、状況を戻そう。
無死二塁。
カウントは1ボール。
打者はレティ・ホワイトロック、走者は秋穣子。
レティはここまで無安打であるものの、その体格の良さは十分なパワーを感じさせる。
こいつも当たったら飛びそうだな………。
二塁ベースでは、秋穣子がじりじりとリードを広げている。
………しかしちょっとリードが大きい、かな。
ま、それも道理か。何しろ蓬莱山の悪送球を見ているからな。
あわよくばまた走って悪送球を誘おうとしているのかもしれない。
俺はどっかりとベンチに腰を下ろした。
「さて、アリスの初球は何から入るかな………って、なにッ!?」
それは一瞬の出来事だった。
突然、アリスがくるりと後ろを向く。
当然、その後ろは二塁ベースだ。
そして、その二塁ベース方向めがけ、思い切りストレートを投げ込んだ。
いや違う、これは………牽制球かッ!!
投手が走者の盗塁を防ぐ目的で、走者がいるベースへと投げる球を牽制球という。
走者が塁を離れている場合、隙を見て投げることで、打者の相手をせずにアウトを取ることも出来る。
だが、当然ボールを受け取る野手がいなければ意味がない。
そして、通常二塁ベースには誰もつかない。守備位置がそうなっているからだ。
だが………二塁ベースには、いつの間にか紅美鈴がグラブを構えて立っていた。
そう、俺が気づかない間に、だ。
まして、俺が気づかなかったものを秋穣子が気づくはずもない。
慌てて二塁へ戻る………が、既に紅のグラブにはボールがしっかりと入っている。
悠々と秋穣子にタッチ。
「アウトッ!!」
無死二塁が、一死ランナーなしの急展開。
「アウトを取る方法は一つじゃない、ってことよね」
紅からボールを受け取りながら、アリスは満面の笑みを浮かべている。
「アイツ………最初っから狙ってやがったな」
「狙ってたって………あの牽制か?」
「そうじゃなきゃ、紅が二塁ベースにいることの説明がつかん」
言っちゃあ悪いが、紅は野球の知識に関してはドが付くほどの素人だ。
………無論、他のメンツも似たようなもんだが。
そんな紅が、「牽制球が来ることを見越してあらかじめ二塁ベースに寄っておく」なんて知識を持っているわけがない。
持っているとすれば………アリスだ。
「たぶん、伝令の時に相談したんだな。で、あらかじめ指示しておいた、と」
二塁ベース上では、ようやく秋穣子が立ち上がり、とぼとぼと戻るところだった。
その背中が、落胆ぶりを如実に語っている。
その衝撃は、打席にいるレティにも伝染していた。
無理もない、状況があまりにも変わってしまったのだから。
「さ、行きましょうか」
軽い口調で言い終えると、アリスは右手を左腕に添え、せわしなく動かした。
「ん………?なにやってんだアイツ?」
その様子を、霧雨が興味深そうに見つめていた。
「ああ、アレか。サインを出してるんだよ」
「サインって、ストレートとかフォークとかのサインか?」
「そうだ。あれで自分が投げる球種をキャッチャーに教えてるんだ」
通常、この手のサインはキャッチャーが出すモノだが、場合によっては投手が自ら出すこともある。
プロ野球でも、「視力が悪く、キャッチャーからのサインが見えにくい」という理由で、自らサインを出す投手もいたぐらいだ。
特に変化球の場合、サイン無しで投げるとキャッチャーが取れない恐れがある。
ましてや、キャッチャー初経験の蓬莱山にノーサインは酷というものだ。
………しかし、短いタイムの間によくサインを決められたな。
「まずは………これねっ」
アリスの第一球。
コースは真ん中だが………途中で急に外角へ進路を変える。
アリスの持ち球の一つ、スライダーだ。
「くっ!!」
ブンッ!!
ボールはレティのバットをかいくぐり、蓬莱山のミットへ。
「ストライク!!」
上手い投球だ。
ランナーの秋穣子がアウトになったことで、レティには「自分が何とかしなければ」の思いが強くなっている。
その打ち気が、今の空振りを呼んだのだ。
というか、今のレティは打ち気にはやりすぎている。
これならストライクになる球を投げる必要などない。
アリスもそう思ったのだろう、レティには徹底してボール球で勝負した。
二球目、一転して内角高めへ、はっきりと分かるボール球を投げ、2ストライク1ボール。
そして三球目、またも外角へのカーブを放る。
ブンッ!!
「ストライク!!バッターアウト!!」
「ああっ………」
あっさりとレティを三振に打ち取る。
ここまで来たら、あとはアリスの独壇場だった。
「ストライク!!バッターアウト!!」
ラストバッターのリリーホワイトをも全く寄せ付けず、ピンチを切り抜けたのだった。


「ピッチングは駆け引き。ブレインがモノを言うのよ」
澄ました顔でアリスが言い放つ。
「確かに、牽制アウトは良かったな。あれで相手の勢いが完全に止まったからなあ」
「ううん、いろんなアウトの取り方があるのね………」
俺の隣では、蓬莱山が腕組みをしながら唸っていた。
「それにアリスのピッチングを見ただろ?レティへの投球は1度もストライクゾーンを入らなかった。それでもアウトが取れた。それをよく考えておくんだな」
蓬莱山は「ボール球を上手く使う」「単調な攻めをしない」という2つのことを肝に銘じておく必要があるな。
「………ところで監督、次のイニングはどうするのかしら?」
アリスの言葉には、このままアリスが投げ続け、リードも任されるということで良いか、という意味が込められている。
「………うーん」
俺はわざとらしく、あごに手をやりながら蓬莱山を見やる。
「どうしようかなあ」
「………」
蓬莱山の目は………うん、まだ死んではいない。
「よし。次からアリスとミスティアの守備位置を入れ替えよう」
「え………!!」
その言葉が意外だったのだろう、蓬莱山が驚きの表情を見せる。
ミスティアはアリスと違って、リードのイロハを当然知るはずがない。
ということは、蓬莱山がミスティアの投球を引っ張っていくことになる。
「任せたぞ、蓬莱山。勉強してこい」
「………了解したわ。ミスティア!!配球の打ち合わせするわよ!!」
蓬莱山はやおら立ち上がると、ミスティアと共にベンチ裏へと引っ込んでいった。
「打ち合わせはいいが、ミスティアはすぐ打順くるからなー」
一応注意しておく。
………さて、色々と選手が交代したこともあり、誰がどの打順かがよく分からなくなっていると思うので、ここらで今の打順を一度再確認しておく。
1:射命丸(センター)
2:蓬莱山(キャッチャー)
3:藤原(ファースト)
4:アリス(ピッチャー)
5:橙(ライト)
6:上白沢(サード)
7:鈴仙(ショート)
8:紅(セカンド)
9:ミスティア(レフト)

そして、今は8番の紅からの打順である。
「監督、いったい誰と話をしているのだ?」
「うん、いわゆるお約束というやつだ、気にするな」
頭から「?」マークをひねり出して、上白沢は首をかしげた。
マウンドには、相変わらずメルラン・プリズムリバーが立ちはだかる。
まだ1イニングしか投げていないため、まだまだ元気そうだ。
対するは、前の2打席とも凡退している紅。
………案の定、ガチガチである。
「そんなにバットを強く持ってどうしようってんだ、お前は」
「えっ!?………あ、あはははは」
「ったく………。いいか、いきなりヒット打とうなんて考えるな。まずは当てることだ」
こんな状態では望めるものも望めない。
であれば、とにかくリラックスさせるしかないだろう。
「あ、はいっ!!わかりました、当ててきますっ!!」
………あ、なんかバットを握る力がより強くなった気がする。
さっきと同じように、気合いだけが十二分に入った状態で、紅が打席に入る。
「ふぅ、相変わらずね………」
これもさっきと同じように、レミリアが俺の隣で優雅に紅茶を飲んでいた。
「お前、何してんだ………」
「見ての通りよ。やっぱり咲夜の入れる紅茶じゃないとダメね」
「どう見てもくつろぎすぎだろお前………それはそうと、紅のあの気合いの入りすぎるところ、どうにかならんのか?」
このままじゃ、とてもじゃないが良い結果は望めない。
「さて、ね。まあ、良かれ悪かれ、あれがあの子の特徴だからね。少なくとも見てて飽きないわ」
酷ェなおい。
「それに、あの子はもっと危険な目に遭わないと力を発揮できないかもね」
「あん?危険な目?」
おかわり、と言うレミリアに疑問の視線を投げかける。
「ええ。あの子は優しいからね、もっと追い詰めていいと思うわよ」
そうなのか………?
マウンドでは、メルランが第一球を投げ込んでいた。
「あッ!!」
投球と同時に、メルランが叫ぶ。
瞬時に、叫んだ意味を理解した。
たぶん、意図したコースにボールが飛んでいないのだ。
え?なんでそんなことが分かるのかって?
そりゃお前、普通の投手は「相手の顔」めがけて投げるわきゃないだろう。
さっきのキレたフランじゃあるまいし。
って、悠長な解説してる場合かっ!!
「危ないっ!!」
咄嗟に叫ぶ。
今まさに、紅の顔面にボールが激突しようとしていた。
しかし、紅は避けるそぶりを全く見せず。
「………チェリャァァッ!!」
カキィンッ!!
バットが一閃し、痛烈なゴロが三遊間に飛んでいった。
「避けずに打っただとぉっ!?」
なんつー危ない真似を………。
しかし紅の打った球は見事三遊間を抜け、レフト前ヒットという結果になっていた。
一塁ベースまで走ったところで、紅はようやく自分のしでかしたことに気づいたらしい。
まず、左右を見る。
続いて、ホームベースに置いてある金属バットを確認。
最後に、一塁ベースを確認。
………俺と目が合った。
「………か、かかか監督ッ!!ヒットが………ヒットが………!!」
ああ、言わなくても分かる。まあ、よほど嬉しいのだからしょうがないな。
しかし………顔面に来たボールを………ねぇ………。
「おいレミリア………あれか、お前の言ったことって」
半信半疑で、レミリアに尋ねる。
かちゃりとティーカップを置いて。
「追い詰められて無心になったときの方が、美鈴は強いわよ。………おかわり」
おい、おかわり早くねえ?
それはともかく、めだたくノーアウトのランナーが出てくれた。
次は9番・ミスティアだ。
もちろん、初打席。
「打撃練習をしていないお前にこんなこと言うのは酷かもしれんが………ゲッツーだけは避けろ」
「十分酷よぅ〜」
………まあ、最悪三振でもいいや。
自信のまったくなさそうに打席に入るミスティアに、メルランは相も変わらず快速球を投げ込んでくる。
ビュンッ!!
ダッ!!
「走ったッ!!」
ファーストの小野塚が叫んだのは、ほぼ同時だった。
紅、初球から盗塁を敢行。
「なっ!?おい、サインなんて出してねえぞっ!!」
「私が出しといたわ」
事も無げにレミリアが言い放つ。
「お前かよっ!!せめてもうちょっと細心にだな………」
「あら、さっき私が言ったことをもう忘れたの?下手に考えさせない方がいいわよ、美鈴は」
確かにその言葉通り、美鈴は無心で走っていた。
しかし、メルランの速球は結構速いぞ………!?
そして打者のミスティアはというと、黙ってこのストレートを見送った。
………というか、速すぎて手が出なかったというのが本当のところだろう。
「こんな速い球………む、無理〜………」
こら、弱音吐くな。
ボールを受け取ったレティが、すぐさま送球体勢に入る。
ミスティアが全く邪魔をしなかったぶん、スムーズな投げ方だ。
レティの投げたボールは、寸分違わず二塁手の秋穣子のグラブへと向かっていく。
対して紅も、なかなかの速さで二塁へ突っ込む。
「キィエエエェェイッ!!」
紅が奇声を上げながら頭から突っ込む。………奇声とか言っちゃ悪いか。
だが、結果的にそれはレティからボールを受け取った秋穣子のタッチをかいくぐることとなり。
「セーフ!!」
間一髪、盗塁成功。
これで無死二塁。
仮にミスティアがこのまま三振しても、形としては送りバントを決めたのと同じ、か。
と、俺と同じ事を考えていたのであろう、霧雨が身を乗り出して。
「よし、ミスティア!!思い切り三振してきていいぜ!!」
なんちゅう言いぐさだ。………まあ、「これで三振でもいいか」と思ったのは事実だが。
「それはそれで腹立つわ〜………」
もっともだ。
しかし、打撃練習すらしたことないミスティアに、メルランの快速球が打てるわけがなかった。
「ストライク!!バッターアウト!!」
「うう、バットがうまく振れない………」
………それはお前のバットの持ち方が逆だからだ。
ベンチではちゃんと持ってたはずなんだが、歩いて打席に入ったらいつの間にか変わってたし。
さて、先頭に返って射命丸だ。
こいつはさっき、フランの速球を弾き返している。
メルランの速球もなかなかのものだが、打ち返せない球じゃない。
「頼むぞ、射命丸」
「私としては、別の人に決めて欲しいのですが………まあ、頼まれてしまっては仕方ありませんね」
新聞部としては、ヒーローを取材したい、ということか。
「そういうことなら、勝ち越しのヒーローをお前の手で作らなきゃな。お前が勝ち越しのランナーになるんだ」
「なるほど。それは良い手ですねえ。それならば、そのシナリオを打ち込むとしますか」
タイプライターではなく、バットで、か。
左打席に入る射命丸。
メルランの顔に緊張が走る。こいつも、先ほどの射命丸の打席を見ているのだろう。
「………敬遠もあるかもな」
ぼそりと言った俺の一言に、霧雨がめざとく反応する。
「監督、敬遠って何だ?」
「あぁ?俺が渡したマニュアルに書いてなかったっけか」
「書いてないぜ、ほら」
霧雨がぱらぱらとページを開いてみせるが、なるほど敬遠について書いてない。
「敬遠というのは、打者との勝負を避けるためにわざと四球にする戦術のコトよ」
俺が答えるより先に、アリスの声が届いた。
「えぇっ?わざと四球に?なんでそんなことすんだよ、もったいないじゃんか」
そりゃそうだ。ピッチャーなら誰だって塁に出したくはない。
「………たとえば魔理沙、これから対戦するバッターには100%ヒットを打たれると仮定して頂戴」
「そんなの、やってみなきゃ」
「あくまで例えよ、例え。いいから黙って聞きなさい。………で、その次のバッターは、100%打たれない、と仮定する。そして、もしツーアウトだったら?」
さすがにアリスは敬遠について予習していたようだ。
つまり、打たれる可能性の高い打者と無理に対戦するよりは、打ち取りやすい打者でアウトを取ろうという作戦だ。
まあ、いきなりノーアウトから敬遠するコトはそうそうないが、今回のような場合はやる価値はあるかもしれない。
それは、次打者の蓬莱山の存在だ。
「んっ………しょっ………」
ぶんっ………ぐらぐら………。
バッターズサークルで軽く素振りをしているが、どうにも不格好な振り方だ。
あれでは、しっかりボールをバットに当てられるかどうかも疑わしい。
「………なるほどね。でもさ、まだワンアウトだぜ?その後どうするんだよ?」
蓬莱山の素振りを見て納得したようだが、霧雨はまだ食いついてくる。
確かに、射命丸を敬遠したとして、一死一、二塁。
蓬莱山を凡打に打ち取っても、ランナーは進むだろうから二死二、三塁。
「バカね。そしたら一塁が空くでしょう?となれば、あとは妹紅を敬遠して、私と勝負すればいいじゃない。自慢じゃないけど、私だって打撃は不得意だし」
さすがアリス、しっかりそこまで読んでいたか。
まあ、そこまで行ってしまったらダメ元で代打も考えるが。
「うーん………なんだか面倒くさいな。そこまで考えなきゃダメなのか?」
「まあ、ダメって訳じゃないが………いろんな可能性を予想しておけば対処しやすい、ってだけさ。考え無しに野球するよりは面白いだろ?」
「………それもそうか。よっし、しっかり考えるぜ」
そう言うと、霧雨はいつの間にアリスから借りたのか、先ほどの『1週間で分かる野球入門』をぺらぺらとめくりだした。
「………貸す、って一言も言ってないんだけど」
「まあまあ、減るもんじゃないし」
まるで意に介さない。
こういうことは霧雨にとっては日常茶飯事なのだろう。
しかし、自分で言っておいてなんだが、敬遠は無いかもしれない。
なにせ、野球の定石というか、セオリーをことごとく無視するような奴らが相手である。
敬遠なんてせずに普通に勝負してくるのではないだろうか。
相手のバッテリーには変わった様子はない。
メルランはセットポジションの構えを崩さず、レティは腰を落としたままだ。
対して、射命丸はバッターボックスでぶんぶんとバットを振り回している。
「さァ、清く正しく、センター前ヒットあたりといきましょうか」
センター前ヒットに清いも清くないも無いと思うが。
やがて意を決したか、メルランがやや速いモーションから第一球を投じた。
思い切り振られた腕からは快速球が………来ない。
ふわりと浮かんだ球が、じれったくなるような速度でキャッチャーミットめがけ飛んでくる。
「あ、あややっ………!!」
ブンッ!!
ぽすっ。
「ストライク!!」
鋭いスイングが空を切り、その後遅れて柔らかい音。
「ほぅ………チェンジアップか」
チェンジアップとは、変化球の一種だ。
たいていが沈むように落ちる球で、特にストレートと同じような振りで投げるため、打者のタイミングを外しやすい。
もっとも、読まれれば痛打も覚悟しなければならないが。
「むむ、ならば………今度はそれに注意して………っと、わあっ!!」
ビュンッ!!
一転、快速球。
「ストライク、ツー!!」
「こ、この差はなかなか素敵なものがありますねえ………」
まったくタイミングが合わず、ツーストライク。
「む、むう………ど、どっちに合わせれば良いのでしょうか」
一か八か、ヤマを張って振ってみろ。
メルラン、第三球。
「ええい、ままよっ!!」
射命丸が始動を早くスイングする。
つまり、直球が来ると読んだわけだ。
新聞記者の勘、当たるか………?
しかし、メルランの右腕から放たれたのは………チェンジアップ。
やれやれ、こりゃタイミングが合わずに三振かな………。
と思っていたが。
「ぐぬぬぬぬっ!!」
驚くことに、射命丸は前の方によろけながらも、なんとかバットを出すまいと粘っていた。
そして。
コンッ!!
空振りするギリギリのところで、バットの先端にどうにか当てたのである。
この「当てた」という事実だが、例えばこの打者がスラッガータイプであれば、ただの「凡打」である。
ところが、「射命丸が当てた」となれば、この事実は大きな意味を持つ。
すなわち。
「ゴォッ!!」
当てた瞬間はよろけた体勢だった射命丸だが、すぐに姿勢を戻して一塁へ駆けだした。
ボールはピッチャーとファーストの中間ぐらいの位置に転がっていく。
メルランが慌ててボールを捕りに行くが、残念ながら射命丸の足は「快足」どころか「特急」である。
瞬く間に一塁を駆け抜け、先ほどまで射命丸を手玉に取っていたはずのバッテリーを唖然とさせた。
「………見ての通り、足の速い打者に対しては、打ち損ねが内野安打へ様変わりする可能性がある。よく覚えとけよ」
さて、これで一死一、三塁。
紅は当然ながら、先ほどの内野安打の間に三塁へ進んでいる。
ヒットが出れば同点。
このチャンスに、バッターは。
「………蓬莱山。お前に対して多くを望むのは酷だと思う。だが、打ってこい」
「………余計なこと言わずに素直に送り出して頂戴」
ぶつくさ言いながら、打席に立つ。
でも正直、期待するのは厳しいだろう。
先ほどの素振りの不格好な様子を見れば、誰でもそう思う。
………
バシィッ!!
「ストライク!!バッターアウト!!」
………案の定だった。
まったくバットに当たらずに三球三振である。
「どうにかなると思ったんだけどねえ」
とんでもない自信だった。
二死一、三塁。
次の打者は、藤原。
ここまでの打席は、三振・死球・三振。
だが、蓬莱山に比べれば素振りはしっかりしているし、何よりも気合いが違っている。
「っしゃあ!!」
打席でも気合いを入れる。
が………若干、力が入りすぎているか。
対する、メルランの第一球。
明らかに打ち気にはやっている藤原に、ストレートではなくチェンジアップ。
ぶぅんっ!!
「ストライク!!」
豪快に空振りを喫する。
「まだまだっ!!」
それにもめげず、打席にて構えを取る。
しかし、やっぱり肩に力が入っている。
「あらら、あれだけ力んじゃって。打てるのかしらね、妹紅は」
少なくとも蓬莱山、お前よりは打てると思うぞ。
とは決して口には出さない。
しかし、あの力の入りよう………
「変ねえ。あの子、わざと力んでいるように見えるわ」
ほぼ俺と同じタイミングで、八意が気づいた。
「お前も気づいたか。確かにあの力みよう、無意識に、という感じではないな。むしろ意識して力を入れているように見える」
スポーツをやった事がある人なら分かると思うが、どのスポーツにも力の入れどころ、抜きどころがある。
野球だってそうだ。
打席に入っている間中、力を入れておけばいいってもんじゃない。
大事なのは打つ瞬間。ここぞ、というところで力を込める。
だから、藤原のように力むのは良くないこと、と言える。
だが………もし「わざと」力んでいるとしたら、藤原の真意はどこにあるんだろうか。
マウンドでは、メルランが早くも第二球を投げようとしていた。
たぶん、一球目と同じチェンジアップだ。
打ち気にはやっている相手には絶好の球だからだ。
そして俺の予想通り、メルランはチェンジアップを投げた。
藤原はまたも豪快に空振りを――――――
「待ってました!!」
カァンッ!!
先ほどまでの力みはどこへ行ったのだろうか。
藤原のスイングは見事なまでにチェンジアップにタイミングを合わせ、お手本のようにセンター前へ弾き返す。
「………誘ったのね、チェンジアップを」
パチュリーのぼそりとした声で、俺ははっとした。
なるほど。
わざと力んだ………いや、力んだように見せた理由はこれか。
一球目、力んだ藤原はチェンジアップに全くタイミングが合わなかった。
それを見たバッテリーは、同じように力んでいる藤原を見て、当然二球目もチェンジアップを選択する。
が、逆にそれを利用し、相手の投げる球を絞らせた………というわけだ。
力押し一辺倒に見えて、藤原の奴、意外とやるじゃないか。
打球はセンター前、犬走の前でワンバウンドする。
そしてツーアウトなので、当然ランナーは次の塁を目指すことに専念する。
紅は悠々とホームイン。これで同点だ。
そして射命丸は。
「三塁いっただきまーす♪」
二塁だけでは飽きたらず、俊足を飛ばして三塁を陥れようと駆けていく。
………その横を、白くて丸い物が「びゅんっ!!」と横切った。
「え………っ!?」
センターの犬走がサード目がけて投げたボールだった。
恐らく、射命丸が二塁ではなく、三塁まで走ることを想定していたのであろう。
全速力でセンター前ヒットの打球を取り、サードの永江へと中継無しのスローイングを敢行したのだ。
「あややややっ!!」
送球に気づき、慌ててブレーキをかけるものの、時既に遅し。
そこには犬走からの送球を受け取った永江が待ち構えていた。
「アウトッ!!」
塁審の宣告に、射命丸は苦々しくセンターの犬走を見やる。
「なかなか………やりますね、椛」
「伊達に文さんと長い付き合いじゃないですからねっ」
もし射命丸が三塁に到達していれば二死ながら一、三塁のチャンスだったが………まぁ、仕方ない。
それよりも同点となったことを喜ばねばなるまい。
そして、その同点打を演出した殊勲者の、頭脳プレイも。
「ナイスバッティング。まさかチェンジアップを誘ってたとはな」
「えへへ、ここまで良いところ無かったからね。やっとヒットが出て良かったあ」
頭をかきながら照れる藤原。
「さ、今度はお前達の番だぞ、ミスティア。そして蓬莱山もな」
俺の言葉に、ベンチから二人が出てくる。
さっきまではプロテクターを着けるのも手間取っていたはずの蓬莱山だが、いつの間にかフル装備の出で立ちである。
そしてミスティアも、先ほどの怯えたような目では無くなっている。
「任せなさい。………とは自信を持って言えないけどね。でも、さっきまでとは違うってところ、見せないとね」
「そうよ〜っ!!それに〜、まだ私1アウトも取れてないし〜」
テンションは上々、ならばあとは思い切りやらせるだけ。
「ようしっ!!しっかり抑えてこいッ!

あとがき:
久々すぎる更新。
「遠山―葛西―遠山」は今でも興奮する交代劇。ノムさんすげえ。
ちなみに外野の守備の大変さについては俺の実体験から。
いったい何十回と凡フライを後ろに逸らしたことか。
さて。いつもどおり、感想・意見・いろいろあればよろしくー。

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