東方野球狂 〜Go mad to baseball


第16話


この回から、セカンドの守備を「紅→因幡」へと変更した。
これで残っている野手は、
・チルノ
・パチュリー
・霧雨
となる。
………霧雨が無言で見つめているのが、背中越しからも分かる。
「いつ使ってくれるんだよ………監督」
うわ、なんか泣きそうだし。
「ま、まあまあ。お前ほどの切り札を守備固めで使うのはもったいないだろ?」
「………本当にそうなのか?単に使いどころが分からなくてここまで残ったんじゃないのかよ」
………鋭いなあ。その通りなんだが。
でも、こいつを使うのは「今」じゃない。俺の勘がそう告げる。
「まだあと2イニングある。そして、今は同点だ。………お前の出番は、来る。きっとな」
「来なかったら?」
どうしよう。

再びマウンドに上がったミスティアは、先ほどの屈辱を晴らすように、華麗に踊った。
変化は大きくないものの打者の手元で曲がるスライダーやシュートを武器に、一番・犬走と二番・東風谷をそれぞれサードゴロ、ショートゴロに打ち取った。
また、先ほどから守備で出ているサードの上白沢とショートの鈴仙も、落ち着いて打球を捌いている。
蓬莱山は、時々変化球をこぼすものの、外角を基本とした危なげないリードでミスティアを導いている。
そして、三番の永江も。
キィンッ!!
「はいはい、おーらいおーらい………っと。楽勝ね」
因幡の待つセカンドへのフライに切って取ったのだった。
最初はどうなることかと思ったが、なんとか1イニング持ってくれたな。
あとは、パチュリーに1イニング任せるだけか。

8回裏、相手のマウンドには以前、メルランが陣取っていた。
2イニングを投げて2失点ではあるが、そんな様子を微塵も感じさせないほど、勢いよく投げ込んでくる。
このイニングは4番・アリスから橙、上白沢と続く打順だが、全員初打席になる。
そんな状態で打てるほど、メルランの快速球は甘くはない。
ズバンッ!!
「ストライク!!バッターアウト!!」
「ふぅ………悔しいけど歯が立たないわね」
4番・アリスは1、2球カットして粘るものの、最後は空振り三振に倒れた。
ズバンッ!!
「ストライク!!バッターアウト!!」
「は、速すぎて何がなんだか………」
5番・橙も全く手が出ず、三球三振。
6番・上白沢もよく粘ったのだが………。
キンッ!!
「実際に打つ、というのがこれほど難しいとは………!!」
ふらふらと上がるピッチャーフライで三者凡退となった。
まあ、これは仕方がない。
とはいえ、この試合での全得点を挙げているレミリア・伊吹・八意がいない打線はどうしても得点力に欠ける。
勝つためには、射命丸や藤原の奮起か、代打攻勢をかけるか………という話になってくる。
ちら、と霧雨を見る。
こいつをどこで出すか………か。
こりゃ、切り札なんてレベルじゃなくなってきたな。

そして、ラストイニングとなる9回表。
残っていた野手のうち、チルノをアリスと交代させてレフトに配置した。
これで、残るは霧雨だけになる。
そして投手も、最後の交代である。
「頼むぜ、パチュリー」
「………まあ、あまり期待はしすぎない事ね。じゃあ、行ってくるわ」
あまり自信満々に見えないところが不安ではあるが………投球練習で見せた変化球のキレは期待してるぞ。
さて、相手の打線は4番のメルランからになるが………。
「代打!!」
やはり来た。
八坂の声がグラウンドに響く。
先ほどは自分自身が代打に出たが………今度は誰だ?
「メルランに代わって、代打・洩矢!!」
宣言すると同時に、背丈が若干小さい選手が、意気揚々とバットを持ってきた。
「やっと出番かー。待ちくたびれたよ神奈子」
「ふふ、まあそう言いなさんな。状況としては上出来だろう?」
「まーね。じゃあ軽く打っちゃうとしますか」
小柄ではあるが、長くバットを持って軽々と振り回している。
………こいつも、一筋縄ではいきそうにない、か。
「プレイ!!」
右打席に入る洩矢。
対して、左投げのパチュリー。
一般的に、右打者からは左投手の球がよく見えやすい、と言われる。
左打者とは見える角度が違うためだと思うが、しかし世の中には相手が左だろうが右だろうが打つ選手もいるし、打てない選手もいる。
逆に投手からも、相手が左でも打たれる選手もいれば、右でも抑える左投手もいる。
結局は選手達の能力次第、ということだろう。
パチュリーはランナーがいなくとも、ノーワインドアップで投げる。
………単純に疲れるからだろうか。
いずれにしろ、第一球を投げる。
緩い球がど真ん中を通り………深く沈む。シンカーだ。
洩矢、これを余裕を持って見送る。
「ストライク!!」
まずは初球ストライク。上々だ。
だが、洩矢の見送り方は気になる。
「何か狙ってるわね、彼女」
八意がぽつりと呟く。
「シンカーを悠々と見送ったわね。………つまりシンカーを全く狙っていない、ということかしら」
アリスも続く。この辺りはさすがに反応が早い。
「………」
一方、霧雨は黙ったままだ。
最後まで残ってしまった事に対して、含むところがあるのだろうか。
蓬莱山がサインを出す。パチュリーが頷いた。
こいつらが洩矢の狙いに気づいていれば、この打席は全てシンカー勝負となる。
そうすれば、シンカーを狙っていない洩矢は為す術もないはずだ。
もっとも、洩矢が途中からシンカー狙いに来たら別だが。
だが、打席に入る際に決めた狙い球を、打席の最中に変えるのは相当に勇気が要る。
増してや、二球続けて狙い球と違う球が来たら尚更だ。
ゆっくりと、しなやかにパチュリーが二球目を投げる。
先ほどと同じ軌道を描いている………つまり、シンカーである。
コースも低め………よし、これなら………!!

カキィンッ!!

よもやするはずの無かった会心の音が発せられた。
洩矢のバットが、シンカーをジャストミートしたのだ。
しかし、打球は低く地を這うように飛んでいく。
これでは最悪でもホームランにはならない。
パチュリーが低めに投げていたのが幸いした。
だが、問題は打球の方向だった。
「あぶな………ッ!!」
ゴッ!!
俺が口に出すよりも早く、洩矢の打球はパチュリーの「右足首」に直撃していた。
「………っぁ!!」
右足、つまり軸足である。
そこに直撃したことにより、パチュリーの身体がぐらりと崩れた。
「パチュリー!!」
「パチュリーさん!!」
蓬莱山が、藤原が、因幡が、鈴仙が、上白沢が、パチュリーのところへ駆け寄ろうとする。
だが、今は試合中だ。
「馬鹿野郎ォッ!!洩矢を一塁で刺せッ!!まだプレー続行中だああぁっ!!」
ありったけの声で叫んだ。
「!!」
一番早く反応したのは上白沢と藤原だった。
転がっているボールを拾い上げ、急いで藤原へ送球。
しかし、既に洩矢は一塁を駆け抜けた後だった。
「セーフ!!」
く、間に合わなかったか。
しかし、何故シンカーを打てた………!?
その答えは、洩矢自身が口にしていた。
「あー、危なかったー。シンカー狙ってたのに見逃しちゃったから、狙ってない素振りを見せるのが大変だったよー」
………つまり、俺たちは策士策に溺れたというわけだ。
だがそれをどうこう言っても仕方がない。
それよりも今はパチュリーだ。
タイムをかけ、急いでマウンドへ駆け寄る。
「パチュリー、大丈夫かっ!?」
言いながら、患部へ冷却スプレーを吹き付ける。
「あぐっ………!!………ダメね、立てないわ」
………やはり無理か。
当然と言えば当然だ。軸足に思い切り硬球を当てられたんだ。
病院に連れて行く必要もあるだろう。
「分かった。おい、担架だ!!あと誰か、病院に連れて行ってやれ!!」
すぐに担架を持ってこさせ、パチュリーを乗せてやる。
「監督………」
か細い声で、パチュリーが話しかける。
「ん。なんだ、言ってみろ」
「ピッチャーは………代えの、ピッチャーは………どうするの………?」
ぐ。
「………お前が気にするこっちゃない。いいから治療を受けてこい」
「………そう。分かった、わ」
そして、担架が運ばれていった。
「………ふぅ。確かにアイツの言うとおりだ」
………博麗も、風見も、ミスティアも、アリスも使ってしまった。
控えのピッチャーは、誰もいない。
となれば、今いるメンツの中でピッチャー適性が少しでもある奴を投げさせるしかない。
しかし、誰を投げさせれば………!!
「私が投げるぜ」
覚悟を決めた、声が聞こえた。
顔を上げる。
そこには、既にグローブを嵌め、意思を宿した眼を持つ、霧雨魔理沙がいた。
「霧雨………」
「私しか、いないだろ?」
確かに、霧雨は投手希望者であり、俺が条件付きで投手をさせて良いと言っていた。
だが、その条件はまだ満たされていない。
………いくらか思案の後、俺も覚悟を決めた。
「………まさか、こんな切り札の使い方になるとはな」
「私は嫌いじゃないぜ、こういうの」
そうかい。それじゃ、是非もない。
「頼んだぞ、霧雨」
「頼まれたぜ!!」
そういうと、右腕をぐるぐると振り回しながら、マウンドへ向かっていった。

ピッチャーが交代したため、投球練習が行われている。
「うりゃあっ!!」
ビシュッ!!
誰がみても分かる、大袈裟なほどのワインドアップから、速球を投げ込む霧雨。
だが。
「ちょ、ちょっとぉ!!どこ投げてんの!?」
「わりーわりー。手が滑っちまったぜ」
………どうやったら滑ったぐらいでキャッチャーが横っ飛びしなきゃいけない場所までボールが行くんだよ。
案の定というか、やはり霧雨のコントロールは最悪だった。
「霧雨ッ!!まずは真ん中に集めることだけ考えろ!!抑えるとかは気にしなくて良い!!」
正直誰が投げたって一緒なのだ。
ならばど真ん中に集めて相手の打ち損じを期待するしかない。
「黙って打たれるのはゴメンだぜっ!!」
いや、そりゃそうかもしれないけどなあ。
独りよがりなプレイは控えてくれるものと思っていたが………これはマズイかもしれんなあ。

結局、投球練習ではストライクゾーンに一球も行くことが無かった。
「プ………プレイッ!!」
気のせいか、四季映姫審判も動揺している。
そりゃそうだろう。俺だって現役時代にあんなノーコン見たことない。
打席には5番・比那名居。
「あれだけコントロールが悪いってことは、もしかするとデッドボールになったりするのかしら………うん、アリね」
何がアリなんだ、何が。
「よっし………」
ふっ、と息を吐くと、思い切りワインドアップを霧雨は試みて――――――
「って、バカぁっ!!ランナーいること思いっきり忘れてるだろ!!」
「うおおおおおおおっ!!」
雄叫びをあげながら、渾身のストレートを投げた。
ズバアンッ!!
もの凄いキャッチングの音が、ここまで聞こえてきた。
「………え、」
比那名居があっけにとられた声を上げる。
………って、キャッチングの音!?ってことは、ミットに入ったのか!?
「ス、ストライク!!」
しかもストライクだとぉ!?
「うん、やっぱりバッターが居ないと気合いが入らないな」
霧雨の方は、ストライクに入って当然、という態度である。
「か、監督!!どういうことなんだ、霧雨のあの変わり様は!?」
上白沢が珍しく狼狽えている………まあ、無理もない。
だが………確かに、こういう例は、ある。
投球練習では全くストライクが入らないのに、打者と相対すると見違える者。
そして、その逆………「ブルペンエース」などというありがたくない称号を得る者。
霧雨は、前者だったということか………。
「………でも、ランナー二塁まで行っちゃいましたねぇ」
紅のぽかんとした声に、はっと我に返る。
「そ、そうだった!!おいっ!!ランナーがいる状態でワインドアップなんかで投げるバカがいるかぁっ!!」
できるだけ大声で言ったつもりだったが、霧雨は全く意に介さない。
「抑えれば文句は無いだろー!?だーいじょうぶだって!!」
―――ああ畜生、やっぱりこいつはピッチャー向きの性格だよ、憎たらしいぐらいにな!!
しかし無死二塁。安心できる状態ではない。
………にも関わらず、霧雨は二球目もワインドアップで投げやがった。
「うおおおおおおおっ!!」
またもグラウンド全体に響く怒声。
ビシュッ!!
「な、舐めないでよねっ!!」
またもど真ん中に来たボールに対し、今度はスイングを開始させる比那名居。
ランナーの洩矢も盗塁を開始している。
キィンッ!!
当たった!!
だが完全に振り遅れていた。
打球はサードへの強いゴロ。
これを上白沢ががっちりと取る。
「上白沢ッ!!洩矢にタッチだ!!」
俺の言葉を受け、すかさず洩矢にタッチしに行く。
だが、洩矢はサードゴロに気づくと、踵を返してセカンドへと走った。
それを追いかける上白沢。
やがてセカンドが近くなったところで、上白沢はショートの鈴仙に送球。
鈴仙にボールが渡ったところで、洩矢は今度はサードへと走り出す。
ランダウン・プレイ。
このように、ランナーが塁と塁の間で野手に挟まれることを総称して指す。
たいていは、多勢に無勢というのもあって、ランナーがアウトになるケースが殆どだ。
………しかし、こいつらは素人だ。
「ぼーっとすんな霧雨ッ!!サードで挟めぇ!!」
俺はマウンドでぼーっとしている霧雨に指示を飛ばす。
お前が行かなきゃ、誰がサードで鈴仙からの送球を受けるのだ。
上白沢は既にセカンドまで追いかけているのだ、戻れっこない。
ランダウン・プレイはこのように、守備側もしっかりと挟むように人数をかけなければランナーをアウトに出来ないのだ。
………まあ、習ってないから仕方ないと言えば仕方ないが。
霧雨は俺の怒声にようやく動き出すと、すんでの所で洩矢を挟むことに成功した。
「あーうー………しつこいよぅ」
「それはこっちの台詞だぜっ!!大人しくアウトになりやがれっ!!」
不毛な追いかけっこは続く。
霧雨から上白沢へ再びボールが渡る。
洩矢がまたもサードへ向かい走り出すが、その前に上白沢が背中へボールが入ったグラブを叩きつける。
「アウトっ!!」
よし、まず1アウト。しかも二塁ランナーを消したという事実は大きい。
そう考えた俺の前に、次なる幸運が舞い込んできた。
バッターランナーの比那名居が、一塁を回って二塁まで走ってきていたのだ。
恐らく、洩矢のランダウン・プレイを見て、この隙に二塁まで走ろうとしていたのだろう。
だが、目論見は見事に外れたわけだ。
この敵側のミスを、逃すわけにはいかない。
「比那名居を刺せっ!!」
不毛な鬼ごっこ、再び。

………結局、比那名居も難なく挟むことができ、めでたくツーアウトランナー無しの状況が出来上がった。
「やれやれ、当初はどうなることかと思ったが、なんとかツーアウトまでこぎ着けたな」
ふぅ、と息をつく。グラウンドに背を向け、水が入ったペットボトルを掴む。
「よおし、次のバッターも抑えるぜっ!!」
俄然やる気を出した霧雨の声が聞こえる。
「ん、次の打者か………、ッ!?」
水を口に含んだ瞬間、嫌な予感がして振り返る。
おい、次の打者って確か………!?
その、刹那。

カキィィンッ!!

良い音がして、次いで「………ドンッ!!」という、ボールが芝生に叩きつけられた音が聞こえた。
見なくても分かる、ホームランの音。
そうだ、次のバッターは………小野塚、小町。
霧雨の球威に力負けしない、数少ない打者。
その小野塚による、二打席連続のアーチだった。

あとがき:
最初は代打の切り札として出そうと思ってた魔理沙なんだけど、気づいたらこうなってた。
実際ブルペンエースみたいな人いるよね。まあほとんど大成しないけど。
しかし心残りはパチュリーが活躍しきれなかったこと。次の試合以降で挽回させなきゃなー。
さて。いつもどおり、感想・意見・いろいろあればよろしくー。

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