裏CLANNADことみ編 プロローグ

教室を抜け出し、いつものように旧校舎の方に向かった。
足音を殺して、廊下を進む。
ここらの教室は、ほとんど使用されていない。
申請があれば文化部の部室にあてがわれるらしいが、実際は放置されている。
見咎められることなく、空き教室のひとつに潜り込んだ。
適当な椅子に座り、背もたれに深く体を預けた。
カーテンのない窓の向こう、代わり映えのしない空。
 朋也「せっかくサボって、やることは暇つぶしかよ…」
自分の呟きが、がらんとした部屋に吸い込まれていく。
こんな生活も、いつか変わるんだろうか?
変わる日が来るんだろうか?
そんなことを言ってた奴がいたな…
女々しい奴だと思ってから、自分だと気づいた。
俺は目を閉じた。
時間だけを先送りにできたら、どんなにいいだろうと思った。
………。
……。
…。
ほぼ真上に来た太陽の陽射しに、たまらなくなって目を開けた。
何もない場所にいるのは、そのぐらいが限界だった。
俺は空き教室を出た。
何気なく階段を下りようとした時。
廊下の突き当たりの引き戸が目に入った。
図書室だった。

裏CLANNAD ことみ編フラグ待機中』と書かれた札がかかっている。

………いやいやいや!!あからさますぎだろ!!っていうかロクなフラグじゃないだろ!!

よく見ると、戸の端がほんの少しだけ開いていた。
そして、戸の間から俺を凝視する少女が。
 少女「………裏CLANNADが始まって、ことみ編が始まるのを待ってはや5年。………いい加減来い、なの」

こ、怖ぁっ!!

ってか、ずっと待ってたのかよ!!

 少女「………来ないと六法全書で撲殺するの

アレは本気の目だ。

いきなり撲殺されてはたまらないので、引き戸を開け、中に入ってみた。
背の高い書棚と閲覧席が、整然と並んでいる。
かすかな風に乗って、埃と紙の匂いがした。
吹き流されたカーテンが、息をするように揺れている。
その向こう、窓際に人影があった。
子供っぽい髪飾りをした、物静かな感じの女生徒。

………その隣には、血まみれの六法全書が。

………ことみ編のメインウェポンはこれかァ。たまには殺傷武器以外がいいなあ。

胸元の校章の色は、俺と同じ三年生だ。
なぜだか、床にぺたんと座り込んでいる。
…気分でも悪いんだろうか?
近づこうとして、彼女が熱心に本を読んでいるのに気づいた。
サボリだろうか?
こんな時間に教室にいないのは、俺か春原ぐらいだと思っていた。
俺のことには気づかず、彼女は本を読み続けている。
と、ページをめくる手が止まった。
何か見つけたらしい。
なぜかハサミを取り出した。
本のページに刃を当てて、何秒かの間動作を止める。
何かを念じるかのようだった。
そして。
 少女「………証拠隠滅
ボワアアァァァァァーーーーー!!

ためらうことなく、火炎放射器で本を燃やしていく。

はさみは何の前振りだったんだ。

 朋也「ちょっと待て、こらっ」
思わず駆け寄ってしまっていた。
 少女「?」
手を止めて、俺の顔を見上げる。
なぜだか、彼女は素足だった。
上履きも靴下も、脱いだまま床に置かれている。
その周りに、彼女のものらしい巾着袋と本の山…
さらによく見れば、どこから見つけてきたのかクッションまで敷いていた。
真剣なまなざしと、自分の家のようなくつろいだ格好が、不釣り合いだった。
 朋也「それ、図書室の本だろ?」
 少女「??」
何事か考える。
ボワアアァァァァァーーーーー!!
 少女「はい」
炭化したページの隅を、俺に差し出してきた。
 少女「焼きたての方が、おいしいの
焼きすぎ。

 朋也「いや、もういい。勝手にしてくれ」
渡されたページの切れ端を、床に放った。
ついでに、少女の周りに置かれている本をそれとなく眺める。
いちばん厚い本の表紙には、『宇宙物理学〜その歴史と展望〜』と書かれていた。
俺が読んでも、1行も意味がわからないだろう。
こんな図書室には似つかわしくないぐらい、専門的で高価そうな本ばかりだ。

よく見ると、『民明書房』と印がおしてある。

あ、燃やして正解かも。

 朋也「あのなあ…」
思わず髪を掻きむしる俺。
 朋也「『みんなのものは大切に』って、子供の頃親に言われただろ?」
 少女「??」
また何事か考える。
巾着袋の中から、何か箱のようなものを取り出し、ぱかっと蓋を開ける。
 少女「お弁当」
 朋也「………」
 少女「とってもおいしいお弁当」
聞いてないっての。
 少女「私の手づくりなの」
 少女「今日のメニューは、出汁巻き卵(炭化)と肉じゃが(炭化)とほうれん草(炭化)と煮豆(炭化)なの」

………待て、余計な単語がくっついてなかったか。

 少女「特にこの辺が自信作」
タッパーの中を指さす。

………いや、炭だらけで何も分からんのだが。

 少女「食べる?」
 朋也「いや、そうじゃなくてだな…」
 少女「今日のは、粘土じゃないから」
ここ本編通りの台詞だけど、粘土のほうがまだマシな気がする………。
 朋也「…普段は粘土で作った弁当を食ってるのか?」
 少女「食べないの。お腹こわすから」
炭化した飯じゃお腹壊さないとでも言うのか、裏CLANNADのことみは。
 少女「粘土、食べたい?」
 朋也「俺だって食べたくない」
 少女「お腹、空いてない?」
 朋也「いや。そろそろ腹は減ってきたところだ」
 少女「私も、お腹空いてきたの」
会話が噛み合わない上に、ループしてるような気がする。
 朋也「ちょっと待て。俺はだな…」
 少女「食べる?」
俺の目をまっすぐに見て、もう一度訊いてくる。
 少女「食べる…?」
どこか心細そうな声。
窓から入ってくる風に、子供っぽい髪留めがふわりと揺れる。
なぜだか少し、罪悪感を覚えた。
 朋也「少しだけ、もらうな」
あれ?何で俺、自分で死亡フラグ立ててんの?馬鹿なの?死ぬの?
でもどうせ断ったら、裏CLANNAD的に六法全書で頭蓋骨を粉砕されるしなあ。
彼女は安心したように、こくりと頷いた。
 少女「いただきましょう」
 少女「いただきます」
きちんと手を合わせ、ぺこりとお辞儀をする。
 少女「あーんして」
 朋也「あーん」
 朋也「…って、初対面なのにそんな恥ずかしいことできるかっ!」
 少女「???」
なにが恥ずかしいのか、わからないらしい。
 朋也「はあ…」
この少女の浮世離れっぷりは、只者ではない気がする。
 少女「ええと…」
 少女「でも、お箸、一膳しかないの」
 少女「どうしよう…」
俺は肉じゃがをひとつ、指でひょいっとつまんで、口に入れた。
よく噛んで食べる。
冷たいけれどよく味が染みている。炭の味が。
これが手作りなら、かなり料理上手だと思う。色んな意味で。
 少女「お…」
少女は何か言いかけて、もう一度俺の顔を見た。

 少女「おいしい、って言え

命令!?

 朋也「まあまあ、だな」
答えると、ククク………と微笑んだ。怖ェ。
 少女「もっと食べる?」
その時、昼休みのチャイムが鳴った。正直助かった。
もう15分もすれば、予習をする生徒でここも混み合うはずだ。
そう量が多くない弁当を、ましてや炭の固まりをこれ以上もらうわけにもいかない。
 朋也「邪魔したな」
それだけ言って、彼女から背を向けた。
 少女「ええと…」
何か言いたそうにして、ためらったのがわかった。
 少女「また、明日。………来ないと家を燃やす
それだけ聞こえた。
俺は少女に最敬礼して「イエッサー!!」と答え、図書室を後にした。
裏CLANNADことみ編 プロローグ 完
ことみ編4月17日へ
ひとこと:
なんで俺の書くキャラはいちいちやることが派手なんだろうか。火炎放射器とか。
………裏CLANNAD書き始めてからもう5年か。そりゃことみも変貌するわな。
っていうか、改めてことみ編のプロローグ見直したけど、最初って名前出てきてないのな。うっかり。
まあ次回ぐらいには名前が出てくるから、乞うご期待。もう名前出ちゃってるけどねー。
あと、この場を借りて「六法全書ネタ」を提供してくれた「11月16日の人」に深い感謝を。
いつもWEB拍手ありがとー。書くペースはまだまだ遅いけど、なんとかがんばって終わらせるからねー。
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