裏CLANNAD 5月10日
木曜、金曜と過ぎ、創立者祭、前日の土曜。
今日は午後から、体育館で明日のリハーサルが行われる。
渚は朝からそのことで頭が一杯で、登校中でさえ自分の作った台本から目を離せないでいた。
朋也「おまえな…漢字の書き取りテストじゃないんだから、今更頑張っても無駄だろ?」
朋也「きっと、自然に体が動いてくれるよ」
朋也「あれだけ練習したんだからな」
この三日、ずっとそばにいた俺ならそれがわかった。
渚「………」
渚「あ…朋也くん、何か言いましたか?」
朋也「聞こえてなかったのかよ…」
渚「ごめんなさいです。もう一回言ってくれますか?」
朋也「好きだ」
渚「ありがとうございます」
真顔のまま言って、すぐに台本に目を戻す。
いつもなら、しばらくは照れたり、ぼぅっとしてくれたりするのに…重症だ。
これはいかん。リラックスさせてあげなければ。
朋也「おい、渚」
渚「………」
渚「え…なにか今、言いましたか?」
朋也「渚とエッチなことしたい」
渚「すみません、後にしてほしいです」
そう言って、すぐに台本に目を戻す。
朋也(後だったらいいのか…覚えておこう)
じゃなくて、今の言葉に動揺すらしてくれないとは、本当に余裕がない証拠だ。
このままリハーサルに入ったら、舞台の上で頭が真っ白に、なんてことにもなりかねない。
それで自信をなくして、明日の本番に影響が出るなんてことになっては目も当てられない。
どうやって、リラックスさせたものか…。
■てごめにする
■てごめにする
■てごめにする
選択肢が捏造されてるッッ!?
午前の授業が終わり、放課となる。
三年のほとんどは、真っ直ぐ帰宅することになるが、その他の生徒は、明日の創立者祭の準備に入る。
学祭のような催しに、半日しか準備時間を割かないというのが、実に進学校らしい。
人の行き交いの激しい昇降口を抜け、俺たちは、体育館に向けて歩いていた。
渚「ああ、心臓ばくばく言ってます」
春原「渚ちゃん、いいおまじないを教えてやるよ」
春原「こうして、手に字を書いて三回飲み込むんだよ」
春原が手に書いたのは、三回とも『鸛』だった。
って、それ何て読むの!?春原の癖に難しい漢字使ってるし………
渚「ああ、どきどきしてきました…」
朋也「おまえ、さっき落ち着いたって言ってなかったか…」
渚「すみません。やっぱり、こうしてみなさんががんばってる風景を見てしまうとダメです…」
渚「こんなにたくさんの人たちが関わっていて、わたしのために時間を割いてもらって、舞台に上がるなんて…」
朋也「まぁ、その気持ちはわかるけどさ…」
朋也「でも、おまえのためじゃない。おまえも、この場を盛り上げる側のひとりだろ?」
渚「あ、そう言われると、そうです」
渚「わたしもがんばらないとダメです」
朋也「そういうことだよ」
渚「あ、仁科さんと杉坂さんです」
見ると、こっちに向けて歩いてくるところだった。
仁科「みなさん、こんにちは」
杉坂「こんにちは」
渚「はい、こんにちはっ」
仁科「緊張しているようですね」
渚「はい…舞台の上にあがるなんて、初めてですから」
杉坂「りえちゃん、慣れてるよね」
仁科「慣れているといっても、それはイギリス紳士風のステッキを持ってだから」
ステッキ!?
ってか、ホントはヴァイオリンだろ!?
………あぁ、なんかステッキを持ってステージに上がる姿を想像したら面白くなってきたな。
杉坂「そういえばりえちゃん、前にステッキ持ったときは仕込み杖が誤作動起こして大変だったね」
仕込むなッ!!
その晩、自分の部屋にひとりでいると…とんとん、とノックの音。
朋也「はい、どうぞ」
ドアが小さく開いて、隙間から渚が顔を出した。
渚「もう、寝ますか?」
朋也「いや、まだだけど」
渚「じゃ、入っていいですか」
朋也「ああ」
体を滑り込ませて、ドアを閉めた。
渚「隣、いいですか」
朋也「ああ」
座布団を持ってきて、俺の隣に置くと、その上に膝を折って座った。
いつもは渚が寝ているような時間。
少しだけ後ろめたいことをしているような、そんな気分になる。
朋也「どうした」
渚「いえ、別にこれといって、用はなかったんですけど…」
朋也「どうせ、興奮して眠れないんだろ?」
渚「やっぱり…わかりますか」
朋也「おまえがぐっすり寝てたほうが驚くよ、俺は」
渚「そうですよね…昨日からずっと緊張しっぱなしで、迷惑かけてます」
朋也「女の子らしくて、俺はそういうの見てると楽しいけどな」
渚「朋也くん、ヘンです」
朋也「ヘンなものか。男ってのはそういうもんなんだよ」
渚「だと、少しはラクになれますけど…」
朋也「ああ、目一杯緊張してくれ」
渚「目一杯緊張してます」
それは確かなことだと思う。
今も少し目が潤んでいるように見える。
じっとその憂いだ顔を見つめていると、キスしたくなってくる。
でも、そんなことをしても今の渚にとってはなんの足しにもならないだろう。
俺の欲求が満たされるだけだ。だから、我慢しておく。
明日の創立者祭さえ無事終われば、いくらでもそうする時間ができるはずだった。
渚「でも、それだけじゃなくて…」
渚「いろいろと考えてしまうんです」
朋也「何を」
渚「今日も、帰ってきた時にすごく思いました」
渚「いかに自分が、お父さんとお母さんに愛されてるかってことです」
渚「わたし、本当に愛されてます」
朋也「ああ、わかるよ」
朋也「あんな親、なかなかいないだろうな」
渚「そうです」
渚「なのに、です…」
渚「わたしは、お父さんとお母さんに謝れていないことがあるんです」
朋也「謝る? なんか悪いことしたのか?」
渚「はい」
朋也「何をしたんだよ」
渚「わからないです」
朋也「はぁ?」
渚「それをずっと知りたかったんです…」
渚「でも、ふたりは教えてくれないんです」
朋也「よくわからないな…」
朋也「おまえはどうして、悪いことをしたって思うようになったんだよ」
渚「ふたりが、昔の話をしてくれないからです」
渚「わたしの記憶にもないような…わたしが小さかった頃の話です」
朋也「………」
渚「写真とか…残ってるはずなのに、見たこともないです」
渚「訊いても…いつもはぐらかされて…」
渚「…だからです」
渚「わたしに隠しているということは、それはわたしに気を使っているということです」
渚「それぐらいわかります…」
渚「そういう時、お父さん、いつも優しくなりますから…」
渚「きっと、そこにはわたしが謝らなければいけないことが…隠されてるんです」
渚「わたしは体が弱いですので…」
渚「そのことが関係しているんだと思います」
渚「わたし、知りたいです」
渚「知って、謝りたいです」
渚「ずっとそう…思ってるんです」
朋也「………」
──負い目をあいつに背負わせたくないんだ…
──きっと、あいつはこう思うだろ…
──自分のせいで、俺と早苗は夢を諦めたって…
──でも、あいつ、気づき始めてるんだ…
──そういうところには敏感だからな…
オッサンの言葉が…次々と思い出された。
渚「…朋也くん?」
朋也「え…ああ」
渚「朋也くん、何か知ってるんですか」
朋也「どうして?」
渚「今、考え事、してました」
朋也「別のことだよ」
渚「それに…お父さんとよく夜遅くに話をしてました…」
朋也「違う。勝手に決めつけるな」
渚「本当ですか」
渚「本当に、朋也くん、何も知らないんですか」
朋也「………」
渚「知ってるなら、教えてほしいです」
もしかして…今の渚なら…。
それを受け入れられるんじゃないか。
受け入れた上で、前に進めるんじゃないか。
そうも思えた。
もしそれができるなら、俺はそうしてほしかった。
けど、何も…こんな日にそうすることはない。
明日は創立者祭で…渚の晴れの舞台で…
渚が一番目指していた日だ。
そんな日の前日を、何も選ぶことなどない。
朋也「あのな、渚」
渚「はい」
朋也「おまえは、そういうことに過敏になりすぎてる」
朋也「落ち着いて考えてみろ」
朋也「ふたりが過去を話さない理由なんて、他にもいくつだって考えられる」
朋也「おまえは、自分が悪いとすぐ思ってしまうのが癖だからな…」
朋也「だから、今回も思い過ごしだよ」
渚「………」
黙り込んでしまった。
渚「あの、朋也くん…」
しばらくして、ようやく口を開いた。
渚「朋也くん、もう眠いですか」
朋也「いや、別にそんなことないけど」
渚「でも、もう寝たほうがいいと思います」
朋也「………」
今、ここで話を終わらせてしまって…渚は眠ることができるのだろうか。
心配だった。
でも、これ以上ふたりでいて…大切な明日のために休めない、というのも避けたい。
朋也「渚…」
渚「はい」
朋也「ここで一緒に寝るか? 布団並べてさ…」
渚「…ありがとうございます」
渚「でも、それは、お父さんにばれたら、大変なことになりそうですので…」
朋也「そうかもしれないけどさ…」
渚「朋也くん、遅くまでありがとうございました」
渚が立ち上がって、座布団を片づける。
朋也「渚…」
朋也「おまえ、寝られるのかよ…」
渚「はい…実はさっきからものすごく眠いんです。睡眠薬飲みましたから」
………あれ?本編だと飲んだっけ?
渚「今、布団に入ったら、ぱっと眠れそうです」
朋也「本当か…?」
渚「はい。軽く30個ほど飲みました。げふっ」
致死量ッ!?ってか、ゲップしてるっ!!
裏CLANNAD 5月10日 終
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ひとこと:
ねむいです。おわり(マテ)
毎度毎度、遅い更新で申し訳ございませんです。
いつもWeb拍手を頂いているのに・・・ねぇ。
でも、非常に励まされるのは確かです。本当にありがとうございます。
これからも、最低でも1週間に1度ペースで更新したいと思います。
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