裏CLANNAD 5月11日
………。
目が覚めた。
いつの間にか眠ってしまっていたのか…。
体を横にするだけで、寝ないつもりでいたのに…。
時計をたぐり寄せて、顔の前まで持ってくる。
早朝もいいところだ。
寝起き直後の記憶とは変なもので、ちゃんと寝直そうとした瞬間に寒気のようなものが全身を走った。
それからようやく気づく。
…俺は今、物音がして目覚めたのではなかったのか。
そして、それはすぐに嫌な予感に変わる。
俺は体を起こした。
でも、この時間だったら、パンを焼く支度に入っていてもおかしくはない。
だから、そう…きっとオッサンが立てた物音に違いない。
そう言い聞かせて、心を落ち着かせた。
ゆっくりと廊下を歩いていく。
その間、物音は一度もしなかった。
俺は居間へと辿り着いた。
そこに…小さな背中があった。
渚の…背中だった。
突っ立ってる俺に気づいて、渚が振り返った。
渚「朋也くん…」
朋也「おまえ、なんだよ…ずっと起きてたのか…」
朋也「今日は大切な日だろ…なにやってんだよ…」
渚「朋也くん、聞いてください」
床には、いろいろな物が広げられていた。
それは、バー○ャルボーイだったり、3D○だったり、P○−FXだったり。
って、これ全部負け組ハードウェアだよ!!
渚「………」
渚「知らなかったんです。お父さんがこれ全部、発売日に買っていたなんて」
ある意味スゲェよ、オッサン。
春原「ふわぁ…」
春原「すんげぇ眠いんですけど」
朋也「おまえ、緊張感ってものがないのな」
春原「だって、こんな早くに来るなんて平日だってないぜ?」
春原「しかも日曜だし…」
朋也「おまえ、照明係だろ。しっかりしろ」
春原「眠たさのあまり、ヘンな方向にライトを向けて、ルパン3世ごっこを演出してしまいそうだよ…」
朋也「絶対にやめろ」
春原「いや、それぐらい眠いんだってば」
朋也「じゃ、俺と代わるか? 再生ボタン押すだけだし」
春原「いや…」
春原「そっちはそっちで、眠たさのあまり隣についてる地球破壊爆弾の爆破スイッチを押してしまいそうだよ…」
あるのか。
つか、なんでカセットデッキなんかにそんな機能が・・・
春原「岡崎、おまえ、どこほっつき歩いてやがったんだよ」
朋也「悪い」
春原「ほら、もう、渚ちゃん、袖で控えてる」
春原「頼むぜ、音響係さん」
朋也「おまえこそな、照明係さん」
春原「任せておけって」
それだけの会話を交わして、春原とも別れる。
俺は控え室から、小さな階段を上り、舞台の袖までやってくる。
そこに衣裳姿の渚がいた。
朋也「渚っ」
声をかける。
振り返ったその顔に向けて、親指を立てて見せた。
どんな表情も作らずに、渚は頷いた。
そして、前を向いた。
拍手が起きている。
出番だった。
舞台袖から渚が歩み出た。中央へと歩を進める。
早苗さん手作りの衣装が、ここからでもとてもよく映えて見えた。
会場がその少女の登場に活気づく。
黄色い声も飛ぶ。
俺の背中からも、どこのクラスにあんな可愛い子が居たんだ、という実行委員たちの話し声も聞こえてきた。
誇らしかった。
渚が一礼する。
同時にライトが落ちた。
そして光の中に、ひとりの少女が浮かび上がった。
じっと、立ちつくしていた。
………。
……。
………。
長い間、黙ったままでいた。
演出かと思っていた観客も、あまりに長い沈黙に、異変を感じ取る。
やがてそれは、どよめきとなって、館内に広がり始めた。
朋也「………」
俺はじっと、光の中の少女を見つめていた。
演じてくれ…渚。
俺は祈った。
──わたしのせいなんです、ふたりが夢を諦めたのは…
──そして、今、わたしは…
──ふたりの夢を犠牲にして…自分の夢だけ叶えようとしてます…
渚の口が小さく動いた気がした。
………これ本番ですか?
いや、気づけよっ!!
声「夢を叶えろ、渚ああぁーーーーーーーーっ!」
怒声が、体育館にこだました。
聞き覚えのある声。
朋也「オッサン…」
俺は袖のカーテン越しに、その姿を探した。
それは入り口に逆光を背負ってあった。
館内すべての注目を集めて。
秋生「渚あぁぁーーーーっ!」
秋生「馬鹿か、おめぇはーーーっ!」
秋生「子の夢が親の夢なんだよっ!」
秋生「おまえが叶えればいいんだっ!」
秋生「俺たちは、おまえが夢を叶えるのを夢見てんだよっ!!」
秋生「俺たちは、夢を諦めたんじゃねぇっ」
秋生「自分たちの夢をおまえの夢にしたんだっ!」
秋生「親とはそういうもんなんだよっ!」
秋生「家族ってのは、そういうもんなんだよっ!」
秋生「だから、あの日からずっと…」
秋生「パン焼きながら、ずっと…」
秋生「俺たちは、それを待ちこがれて生きてきたんだよ!」
秋生「ここでおめぇが挫けたら、俺たちゃ落ち込むぞ、てめぇーーっ!」
秋生「責任重大だぞ、てめぇーーっ!!」
秋生「早苗、居るんだろ、どこかに! おめぇも言ってやれぇっ!」
………。
少しの間の後…
早苗「渚ーっ! がんばれーっ!」
早苗さんの声が観客席の中から聞こえてきた。
早苗さんの励ましは、なんだか的外れだった。
けど、それに便乗しない手はない。
朋也「俺たちも、同じだぞ、渚っ!」
朋也「春原や俺ができなかったことを、今、おまえが叶えようとしてくれてるんだっ!」
朋也「わかるかっ、俺たちの挫折した思いも、おまえが今、背負ってんだよっ!」
朋也「だから、叶えろ、渚っ!」
怒鳴りつけた。
渚が…顔をあげる。
もう泣いていなかった。
真っ直ぐに…虚空を見据えていた。
…連れていってくれ、渚。
この町の願いが、叶う場所に。
渚が、胸に手を当てた。
それは、最初の台詞を言う時。
物語が始まる。
冬の日の、幻想物語が。
渚「………カーイコークシーテクーダサイヨー………」
………え?
渚「………ネェー…イイデショォー…ヘールーモーンジャーナーシー」
ペ………ペリーですか渚さんっ!?
渚「コノ………チョンマゲ!!」
いや、「ちょんまげ」じゃねぇよ。
渚「続きを思い出しました」
朋也「あん? なんのことだ」
渚「お話の続きです」
朋也「聞かせてくれ」
渚「はい」
渚「女の子と人形は、その世界を出ることにしたんです」
朋也「どうして」
渚「人形は、ずっと遠くに、別の世界があることを知っていたからです」
渚「そこは、人がたくさんいる、温かな世界です」
渚「だから、ふたりは、今の寂しい世界を抜け出すことを誓って、旅に出ます」
朋也「それで…どうなるんだ」
渚「はい…」
渚「長い旅をして、その先で…」
朋也「その先で?」
渚「歌を歌います」
朋也「歌?」
渚「はい。歌です」
朋也「マジかよ…」
渚「本当です。ですから、劇の最後にわたしが歌ったのは合っていたんです」
渚「ちゃんと、話の続きになっていたんです」
朋也「いや、でもさ…」
渚「はい」
朋也「その女の子、いざゆけ若鷹軍団は歌わないだろ、さすがに」
(注:「いざゆけ若鷹軍団」とは福岡ダイエーホークスの応援歌のことです)
渚「それはわたしの趣味です。ダイエーが無くなりますし」
つかそれ、作者の都合だけどな。
朋也「おまえ、ちゃんと劇が出来ていたのにさ…最後にあれ歌うから、みんなひっくり返ってたぜ?」
朋也「感動が台無しだ」
渚「でも、微笑ましいと思いました」
朋也「そりゃそうかもしれないけどさ…」
朋也「…ま、いいか」
朋也「最高の出来だったよ、おまえの劇」
インチキペリーだったけど。
渚「本当ですか?」
朋也「ああ、俺はお世辞は言わねぇよ。知ってるだろ」
渚「はい、知ってます」
渚「だから素直に喜びます」
渚「えへへ」
屈託なく笑う渚。
悲しみは乗り越えられただろうか。
オッサンの言葉を信じて。
それとも、まだまだこれからだろうか。
でも今は、この余韻に浸っていよう。
一ヶ月、頑張ってきたんだからな。
朋也「なぁ、渚」
渚「はい」
渚がこっちを向く。
俺はその顔に自分の顔を近づけた。
声「何しようとしてんだ、てめぇ」
殺気を帯びた声。
渚「あ、お父さん」
何をされようとしていたかも気づいていない渚が、後ろを向いた。
秋生「おめぇ、今、渚に目潰ししようとしてただろ」
するかぁっ!!
渚「目潰ししないでくださいっ」
ぐさっ!!
朋也「ぬがあああぁっ!!」
渚のカウンター、俺にクリティカルヒット。
渚「しないでくださいっ、しないでくださいっ」
ぐさっ!!ぐさっ、ぐさっ!!
って、死ぬわっ!!
こうして、辛さや悲しみ、喜び、そしてどす黒い何かまでも、すべて詰め込んだような一日が終わった。
裏CLANNAD 5月11日 終
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ひとこと:
一番のクライマックスシーンとも言うべきところをいいかんじでぶっ壊しましたね、俺。
つか、更新速度が異常に遅くなって申し訳ありませぬ・・・。
就職先の課題とかいろいろありますけど、がんばります。
文章しか取り得が無いですし(苦笑)
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